土屋賢二 ツチヤの口車 第1387回 2025/04/19
パソコンショップの人々
パソコンを買いに出かけた。スランプを乗り切るために定期的にパソコンを買い換えている。
二畳ほどの狭いショップの中に店員の若者が1人ぼんやり座っていた。質問すると、不安が的中した。説明があいまいで矛盾(むじゅん)している。分からなければ「分かりません」と言えばいいのに、推測(すいそく)で答える男だ。
明確な答えを求めると、電話で上司に聞いて、教えてくれた。しかしその答えも不明瞭で矛盾していることが判明したので、店員は別の上司に電話で聞き、教えてくれた。しかしそれも矛盾していて不明瞭だった。上から下までいい加減なショップだ。
すると店員は自分はサポートに聞けないから、サポートに聞いてくれと言う。結局、わたしがサポートに電話した。
「はい、サポート」
中国人らしい女性だ。日本語がアヤシイ。
だが質問は通じ、明快な答えが返ってくる
。突っ込んだ質問をしても、論理的に明確、知識も豊富(ほうふ)だった。
「HDDは何個入る?」
「あなたバカか。ケースの体積をHDDの体積で割ると何個入るか分かるよ。このケースを使うとだいたい30.73個だな」
「ジャガイモの袋詰め放題じゃないんだから。全部HDDで埋め尽くすんじゃなくて、取り付けると何個つけられるんですか」
「ケースによるよ。あなたバカか?」
「それを標準語で正しく言うなら『あなたアホちゃうか』だよ。『アホや』『アホやん』でもいい。それよりこのケースだと、えーと、HDDを取り付ける場所、何と言ったっけ。よくライオンに食べられる鹿みたいな動物……」
「トムソンガゼルか」
「そう!」
「そんな動物、このケースには入れないよ。見て分からないか? ネズミかカエルぐらいしか入れない」
「ガゼルに似た名前の部品だよ」
「ベゼルか?」
「そう! ベゼル」
「発音が悪いな。べゾゥだよ。言ってごらん」
「ベゾ」
「ダメ。英語の才能ないね。何よりトムソンガゼルからしか覚えていないんだから、記憶が甘すぎる! アナタゆるんだネジか?」
「ゆるまないネジはない。日本のことわざです」
「ことわざができるほど昔からネジがあったか?」
「あった。そういうことわざが残っているのが証拠だ」
「アホちゃうか。後件肯定の誤謬(ごびゅう)やないか。ネジのことわざをもち出す人は信用できない。これ、中国のことわざです」
「本当ですか?」
「嘘です」
「あのね、嘘はダメでしょ。サポートなんだから。嘘をつくサポートほど信用できないものはない。これ、日本のことわざです」
「シツコイな。切るよ」
「……結局、ベゼルはいくつですか」
「アホちゃうか。ケースによる。それにアナタの疑問は、ベゼルの数ではなく、ベイの数ではないのか? ベゼルは、HDDの枠で、そのスペースがベイだよ」
こういうやりとりになってもおかしくなかったが、サポートの中国人はもっと頭がよかった。
「このタイプがアナタの求めるものだよ。買うならわたしを通して買わないか? わたしを通すと正確な注文ができるし、割引するよ」
店のだれよりも賢く抜け目がなかった。
よく知らないことを推測で答える店員、見当で教える上司(×2)、頭がよく知識もあるのに自分の利益を図るサポート、だれ一人信用できない。他の会社の製品を買うべきだったかもしれないが、推測する店員を通して買った。何となくわたしに似ていたからだ。