ツチヤの口車 第1335回  土屋 賢二 2024/03/30

誤解を招く表現

 わたしは世の中に何の貢献もしていないと思われているが、大間違い(おおまちがい)だ。

 かつて埼玉県の和光市駅はホームも階段も老朽化が進み、崩れないようにそっと歩いたほどだった。池袋から20分の位置にあって駅員がいることを除けば田舎の無人駅のようだった。

 だが、わたしが引っ越しして税金を和光市に払うようになった途端、老朽化していた駅のホームは一新され、複数の路線が通るようになったばかりか、駅前がきれいに開発されたのである。もう少し待っていたら、わたしの自宅も再開発されたかもしれない。

 定年後、神戸に税金を払うようになったが、三宮駅に何の変化もなかった。わたしの納税額が減ったからかもしれない。大阪駅周辺は対照的に、大幅に再開発されている。神戸が「大阪駅周辺」に含まれるまで待たなくてはならないのかと思ったが、最近になってやっと三宮駅周辺の再開発が始まった。

 教え子に電話で言うと、こう答えた。

「先生、大丈夫ですか? おっしゃっていることが大間違いですよ。第一に、先生が払う程度の金ではタイル一枚も買えません。第二に、駅の改修費用を出すのは市ではなく、鉄道会社です。第三に、初歩的な論理的誤りを犯しています。たとえば『ある地域で味噌汁の消費量が増えたらガンの患者が増えた』ということから、味噌汁の発がん性を結論づけるのは誤りです。地域の人口が増えれば、味噌汁の消費量もガン患者数も増えます。味噌汁とガンの間に因果関係は推論できません」

「わ、わたしが因果関係を主張していると勘違いするのが悪い。『税金を払ったら整備された』に嘘はない。『外出したら雨が降ってきた』と言うだろう? それを聞いて外出が原因で雨が降ったとはだれも考えない。勘違いするのが悪い」

「先生は意図的に誤解させようとしてます」

「とんでもない誤解だ。ではこれはどうだ? 歳をとると目が見えなくなると考えられているが、そうとはかぎらない。70歳を過ぎてから急に目がよく見えるようになることもある」

「白内障の手術を受けたんでしょう?」

「よく分かったね。君もやってもらうといい。曇った目が澄むから」

「目は澄み切っています。先生の欠点が見えて困ってるんです」

「長所が見えないのは曇っている証拠だ。ほかの例を挙げよう。歯を磨くのは虫歯予防のためだ。だが歯を磨くのをやめてから虫歯がなくなった人だっている」

「歯が全部抜けてしまえば、虫歯はゼロになります。まさかそんなくだらないことをおっしゃりたいわけではないでしょうね」

「き、君には分かりやすい例がいいかと思ったんだ。わたしは昔、外食するとビーフカレーを食べていたが、それをやめると体重が増えた。ビーフカレーの代わりにカツカレーにしたのが原因ではないかと睨んでいる。カツカレーを大盛りにしたら痩せるかもしれないが」

「大盛りにしても痩せません。1年間試したから断言できます」

「一応試すんだね。しかも1年間も! ダイエットの美名の下にたらふく食べ続けていたんだ」

「いまも継続中です。2年間続けたら痩せるかもしれませんから」

「君に警告したい。ここ数年、毎日散歩するよう心がけていたら、体重が増えた。さらに毎日部屋を片づけることを心がけていたら、探し物が増え続けた。ここから言えることは、心がけるだけじゃいけないということだ。世界平和を強く願っても、平和にならないのと同じだ」

 突然、電話が切れた。

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