夜明けのハントレス 第24回  河﨑 秋子 2025/02/20

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【前回までのあらすじ】札幌の大学に通うマチは、狩猟免許を取得。就活も終え(おえ)、二年目の猟期が始まった。マチは、山で痩せたクマを撃ったことを後悔する。その様子を見た堀井銃砲店のお婆さんの勧めでアヤばあを訪ね、二人で近くの山へ入ると、そこには三石勇吾(みついし ゆうご)が倒れていた。勇吾はマチに侮辱的な言葉を掛け、険悪な(けんおな)雰囲気に。その三日後、マチは動物園を訪れる。

 扉からはスタッフジャンパーに作業ズボン、キャップ、長靴姿(ながくつすがた)の男が出てきた。両手にバケツを持っている。長身と、細身で筋肉質な体形。やや腰を曲げるようにしてすり足気味。その体つきと特徴的な歩き方。

 三石勇吾だ。

 マチは直感した。顔は深く被ったキャップのつばでよく見えない。アヤばあの家で自分と対峙した時と同じ、どこか不貞腐れた(ふてくされた)ような表情をしているのではないか、という気がした。

 キリンは飼育員が来たことがわかったのか、長い足をせわしなく動かしてエサ台へと向かった。率直にいってかわいい。周りにいた客の何人かが、給餌(きゅうじ)タイムだとスマホのカメラを向ける。マチは上着のポケットに両手を入れ、キリンではなく飼育員を見ていた。

 勇吾はキリンにも、きらきらした顔をした客にも何ら興味がないようにエサ台へと向かう。据え付けられた金属製の階段を昇ると、バケツの中に入っていた青草(あおくさ)をエサ台へとあけた。

 キリンは冬に与えられた青草が嬉しいのか、頭をエサ台の中に突っ込むようにして一心不乱に食べている。微笑ましい風景だ。

 客が写真を撮るシャッター音と「かわいいね」という歓声が響くなか、勇吾は階段からその頭を見下ろしていた。管理している動物を慈しむような笑顔でも、ましてや不貞腐れた表情でもない。

 無だ。無表情だ。マチはこの種の表情に見覚えがある。新田や熊野、ほかの先輩ハンターたちが、撃った獲物を黙々と捌いている時の表情に似ていた。

 歓喜を滲ませるのでも、苦労を分かち合うのでもない。ただ黙々と、作業として動物を解体する時、こんな無表情になるのだ。マチも多分、解体時には同じ顔をしている。

 マチは無意識に唾(つば)を呑んだ。冷たい汗が背筋に浮く。なのに勇吾から目を逸らすことができない。

 勇吾はキリンが黙々と草を食べる中、階段を下りるために踵(かかと[P]; きびす)を返した。その一瞬、マチは目が合ったように感じた。だが、勇吾はこちらを睨むでも、見返すでもなく、そのまま背中を向けて階段を下りていった。

 マチはまだキリンがもぐもぐと草を食べている中、その場を離れた。もうひやりとした感覚はない。

 ああいうものなのだろうか。

 いや、たぶん違うんじゃないか。

 考えがまとまらない。動物園の飼育員というのは、皆あんな感じで、まるきり作業として給餌をしているのだろうか。確かに仕事なのだし、必ずしも動物に対して慈愛溢れる感情を、はたで見ていても分かるほど露わにするものではないだろう。

 ただ、あの男は他の飼育員とは違う。独自の感情と価値基準で、動物の管理をしている。そんな気がした。

 マチは何を見たい、という希望もなく、ふらふらと順路のままに足を進めた。いくら考えても推測にしかならない。そもそも答えを出す必要があるわけではない。勇吾に対する違和感を押し込めて、強いて足を動かした。

 サル山、ライオン、シロクマ、レッサーパンダ……

 天気がよく、冬とはいえ日光の当たるところは暖かいのだろう。ほとんどの動物は日当たりのいいところでだらんと横になるか、仲間の毛づくろいなどをして過ごしている。

 普段お目にかかることのない動物の動きはどれも緩慢で、平和で、人間の物差しでいえば穏やかそうに見えた。

 マチは彼らを眺めながら、ふ、と行き場のない笑みを漏らした。人間から安全なねぐらを提供され、餌の心配はなく、調子が悪ければ治療を受け、種類によっては望ましい交配相手まで用意される。生き物のありかたとしては、この上なく安全な生活なのかもしれない。それが個体それぞれにとって幸せなのか不幸せなのか、どう考えをめぐらせても推論でしかない。ただ、ガラスの向こうで、子ライオンに耳をいじられるオスライオンは、何の文句もないように見えた。

 マチは最後にヒグマ舎へと向かった。このヒグマ展示は、すり鉢状になった展示場所の上から底にいるヒグマを見下ろす形になっている。

 ここの展示は、数年前にリニューアルしたという新聞記事を読んだ覚えがある。行動展示とかいうのだったか、なるべく野生のヒグマの生活に近づけるよう工夫がされているという触れ込みだったはずだ。

 具体的には、土を敷き詰めた遊び場に大きな松数本を植え、縄張り主張の背こすりや爪とぎができるほか、餌は定期的に低温処理で寄生虫を殺した鹿を皮や内臓そのままで与えているという。先輩ハンターたちが、撃った鹿の一部をこの動物園に寄付したことがある、と言っていた。

 ヒグマの展示場周辺には人気がなかった。マチはなんでだろう、みんなクマが怖いんだろうか、と考えながら近づいてみる。柵にはヒグマの生態が説明されている看板の隣に、ラミネートされた紙がくくりつけられていた。

『現在冬眠中です! 春になったらまた会おうね!』

 その下にはクマが丸まって寝ているかわいいイラストと、保護者向けっぽい説明文が添えられていた。

『当園ではヒグマ本来の自然な生態に合わせ、冬眠できるような環境を整え、冬季は充分な観察のもと自然な冬眠を促しています。今年はすべてのヒグマが順調に冬眠することができました。寒いなか足を運んで下さった皆さんに元気なヒグマの姿をお見せできないのは心苦しいですが、これも自然なヒグマのありかたとご理解頂き、冬眠明けにまた会いに来てください』

 マチは腕組みしてうーん、と唸った。言われてみれば当たり前だ。今はヒグマの冬眠時期だ。なんとなく、野生の環境下でないのなら冬眠しないのでは、という思い込みがあったのかもしれない。

 逆に、人間に飼われている状態でも、条件を整えてやればちゃんと冬眠するんだな、と妙に感心した。それだけ、動物園側がきちんとヒグマの生態やストレスのない環境作りに心を砕いているということでもあるのだろう。

 ヒグマを改めて見られなかったことは少し残念だが、マチは十分納得して柵に上体をもたせかけた。

 展示場所を見下ろすと、すり鉢(すりばち)の底に用意された小さな箱庭は、広さを除けば確かにクマの環境に適した設備になっているのだろう。今は雪をかぶっている木々の間に、おそらく意図的に設置したであろう太い丸太も横たわっている。ヒグマが快適に過ごせるように。ストレスを感じないように。長生きできるように。そう誰かが考え尽くして設計したはずだ。

 マチはふと、クマを飼うってどんな感じなのだろう、と思った。

 昔は道内でもお土産物屋さんなどで檻に入った子熊で客寄せをしていたところがあったという。現在では、一般市民が新規でクマを飼育するのは法律上不可能なはずだ。

 それより、もしも勇吾がクマの担当だったなら、彼はキリンに餌をやった時と同じ、無表情で世話をするのだろうか。

 動物園の中で、狩猟対象となる動物の代表は、エゾシカとヒグマだ。勇吾は、アヤばあがマチを案内しようとしていたクマの冬眠場所に向かって単独行をしていた。アヤばあは冬眠中のクマを狙いに行ったか、と言っていた。

 しかも一人で。無謀そのものだ。

 マチは柵から体を離し、もう一度掲示されている紙を見た。眠るクマのイラストはあくまでかわいらしい。この絵を選び、この文言を書いたのが勇吾だったら。そんなバカげた夢想に呆れて、マチは出口へと足を向けた。

 どうせもう会うことはない。その時はそう思っていた。

 年が明け、岸谷家では例年と変わらない正月を迎えていた。

「ふ~」

 マチは洗い髪をガシガシとタオルで拭きながら、柔らかいソファに全身を預けた。冷蔵庫から失敬してきたビールを流し込むと、食道と胃の内側が冷やされて気持ちがいい。思わず、「っはー」と声が出た。

「オッサンだ、オッサンがいる」

 向かいのソファでテレビを見ていた弟の弘樹から、すかさずツッコミが入った。

「苦手な振袖着て、帯でお腹ぎゅうぎゅう締められて、髪はスプレーでガッチガチに固められてたんだから、これぐらいはいいでしょ」

 マチが睨むと、弘樹は「へいへい」と怠そう(だるそう)にしながらお笑い番組へ顔を向けた。

 高校生になり、マチよりだいぶ背も高くなり、体つきもがっちりしたというのに、こういうところはまだ子どもっぽい。最近は彼女ができたらしいので、少しは女性への気の遣い方を覚えたかと期待したが、残念ながら特に変化はないようだ。元日ののんびりした空気もあり、ついチクリと言ってやりたくなる。

「あのねー、成人式ではあんただっておじいちゃんとおばあちゃんが用意してくれる羽織袴着(はおりはかまぎ)なきゃいけないんだから。成人式だけじゃなく元日にまで振袖着る義務を負った岸谷家女子の苦労を思い知るがいい」

「えー、やだー、俺スーツがいい」

「そういう訳にはいかないの。手て稲いねのおばあちゃんが泣くよ」

 やだあー、と幼い喚き声を聞きながら、マチはぐびりとビールを飲んだ。ソファの一角で、両親がくつろぎながら苦笑いをしていた。

 元日の午前は毎年、家族で手稲(ていね)にある父方の祖父母宅に行く。結婚前の女子は振袖を着ることが不文律になっている。子どもの頃はマチも着物を着るのが楽しみだったが、ある程度の年齢になると苦しいし億劫だしで、つい楽な格好の弟に意地悪の一つも言いたくなる。

 午後は自宅に戻り、家事代行の吉田特製おせちや、今日のために取り寄せたご馳走をつまみながらだらだらする。二日からは両親が仕事の年始回り等々で慌ただしくなることから、この元日午後の何もしない時間は特別なのだ。

「はいはい。正月早々ケンカする子にはお年玉あげません」

「はい、いい子にしますのでお年玉ください」

 父の声掛けで、弘樹は即座に姿勢を正して両手を伸ばしている。現金なもんだ、お子様め、とマチは呆れた。

「はい、マチも」

 こちらに向けられた祝儀袋に、マチは「え」と戸惑った。

「私はいいよ。二十歳過ぎてるし、今年就職するんだし」

「だからよ。さすがに来年はもうあげないから、最後だと思って大人しく受け取っておきなさい」

「……ありがとう」

 母に促されて、マチは素直に袋を受け取った。確か去年も、学生のうちはアリ、と渡された気がする。そして、お年玉をもらうのは多分これが最後だ。

「入社式のスーツ買います」

「そうしなさい」

 そう言って両親は満足そうに笑っていた。

 甘やかされているなあ、と、こんな時マチは思う。両親とも、怒る時は怒るし、躾も厳しめだった。それでも、衣食住(いしょくじゅう)に進学就職習い事、さらには狩猟免許の取得まで、何の不自由もなく過ごさせてもらえた。

 そして、正月にはこんなにゆったりとした時間を共有している。岸谷万智の、安全で安心な揺るがないホーム。

 春に就職するアウトドア用品の販売会社は、決して高給という訳ではない。マチは家に給料の一部を入れつつ、貯金をしていつかは一人暮らしをするつもりではいるが、いつになるかは分からない。

 それまで、この居心地がいい家に居続けていいものか。談笑する家族の笑い声をよそに、ごく小さい焦燥(しょうそう)が心に生じていた。

 ふと、ルームウェアのポケットでスマホが鳴った。見ると、ハンター仲間のグループLINEの投稿だった。正月早々鹿撃ち遠征を計画した面々が、成果を報告している。

 遠征で無事に鹿を仕留めて今年は幸先(さいさき)がいい、という文言と、首を撃たれて雪の上に横たわる鹿の写真が投稿されている。他の人の祝福コメントに紛れて、マチも『おめでとうございます』とパンダが祝っている無難なスタンプを送った。

 マチもこの遠征には誘われていた。十二月の初め、休日に新田のプレハブ事務所でお茶をご馳走になりつつハンター間で情報交換をしていた時のこと。二度ほどグループ猟で一緒になった男性ハンターが発案者だった。

 マチは素直に「元日は毎年家族と一緒に過ごすからまたの機会に」と答えた。新田は温和な微笑みに僅かに苦みを滲ませていた。

「俺は、いいかな。気持ちの部分なんだけど、正月三が日は殺生したくないっていうか。なんとなく」

 その断りの言葉に、マチははっとした。言われてみると、確かにお正月には動物の命を奪いたくない気がする。

 もちろん、人間の勝手な言い分だ。野生動物は季節に対する繊細な感覚を有していても、新年の概念はないだろう。十二月三十一日に撃たれるのも、一月一日に撃たれるのも、別に変わりがある訳ではない。完全に人間の心の都合だ。

 そんなことを考えていると、熊野が明るい声を出した。

「僕はしのつ湖(みずうみ)にワカサギ釣り行くから、また今度で。元日って人少ないせいか毎年よく釣れるんだよねー」

「え、しのつ湖でワカサギ釣れるんですか」

「釣れる釣れる。氷にこう、穴を開けてさー」

 熊野の話に乗りながら、マチは自分の心の戸惑いが分からなかった。ワカサギを釣るのも殺生(せっしょう)には違いないのに、鹿を撃つよりは心理的な抵抗が少ない気がする。

「なんとなく、か」

 スマホをひじ掛けに置きながら、マチは風呂上り特有の眠気(ねむけ)に身を任せた。ビールを飲んでなければ、車で新田のところにでも堀井銃砲店にでも、アヤばあのところにだって行けたのに。うっすらとした後悔が苦み(にがみ)として口の中に残った。

(つづく)

イラストレーション 西川真以子