夜ふけのなわとび 第1834回  林 真理子 2024/03/15

不適切な時代

 最近まわりの人たちが、みんなアプリで結婚している。結婚までいかなくても、

「アプリで知り合った人とつき合っている」

 という人は多い。

 とある連載の歴代担当者も、2人がアプリで結婚している。1人がとても幸せな出会いをして、後輩に勧めたらしい。

 別の出版社の若い男性編集者も、

「今の彼女はアプリ」

 と教えてくれた。めちゃくちゃイケメンでモテまくっていた彼だが、別に隠すことでもないのだ。

 私の時代にこういうものがあったら、もっと早く結婚出来たのではないかと思う。いや、私なんかアプリに登録したとしても「優良物件(ゆうりょうぶっけん)」ではないから、申し込みは少なかったであろう。

 それにあの頃は、偶然の出会いというのを信じていた。飛行機や新幹線の席が隣だった、結婚式の二次会で同じテーブルだったetc……。が、現実はドラマのようなことは起こらない。出会いというのは、ふわふわと漂って(ただよって)いるらしいのだが、私はどうしてもつかむことが出来ないのだ。

 大谷(おおたに)選手は、奥さんといったいどこで出会ったのだろうか。

 これは私たちにとって大きな謎であった。オバさんたちは、LINEでそんなことばかり喋って(しゃべって)いた。

 大谷選手が合コンするとは思えない。食事会に誰かが気をきかして連れてきたのだろうか……。そのうちに情報が少しずつ入ってくるようになったのだが、

「大谷選手と同じところに出入り出来る。すれ違うことが出来る。そんな場所があるのかしら」

 噂によると、相手はアスリートらしい。だったらジム、ということも考えられるが、なんだか腑に落ちないのだ。大谷選手が使うジムって……。

 そうしたらネットニュースで、2人の出会いは、一流選手だけが使える特別なトレーニングセンターと出た。それならばわかるような気がする。

 ふつうの人は出入り出来ない、選ばれたアスリートだけの施設。そこで大谷選手は、長身の美人(報道によると)とすれ違い、やがて言葉をかわすようになったのだ。

 彼の結婚がとても好意を持って迎えられたのは、こういうところではなかろうか。

 つまり彼女は「ずる入りしてきた人」ではない。自分の努力で勝ち取ったものがあり、それゆえにそこの場所に入る資格を得ることが出来た。

 コネや何かで連れてきてもらったわけではない。自分自身の努力で、その場にやってきたのである。こういう出会いに文句をつける人はいないだろう。

「大谷って、やっぱりセンスがいいよね! さすがだよね」

 と友だちは言った。

不倫もあたり前?

 ひと昔前芸能人が一般女性と結婚する時、かなりの確率でこう言ったものだ。

「たまたま打ち上げに彼女が来ていて、それで知り合ったんですよ」

 私はテレビに向かって、フンと毒づいたものだ。

「芸能人の打ち上げに入り込める人の、どこが一般女性なんじゃ」

 今で言う“プロ彼女”のハシリであろうか。

 もっと私が嫌いだったのは、「口角上げ女」。有名人といわれる男の人と数人で、食事をしたり、飲みに行ったりする。その時かなりの確率で、誰かが若い女性を連れてくる。そこそこの美人。しかし彼は私たちに紹介してくれない。紹介してくれても、

「友人の〇〇さん」

 と早口で。

 彼女は決して話の輪に加わらない。ただ口角を上げて、じっと静かに私たちの話を聞いている。それってものすごく嫌な感じだ。いつも無視してきた。

 が、最近私はトシをとり、そんなことはどうでもよくなってきた。何よりも、酒席に自分の彼女を、自慢気に連れてくる男性がいなくなってきたのだ。コンプライアンス、というものが徹底されてきたのであろうか。

 ギャラ飲みとか、港区女子とか言って、その場だけの割り切った仲なのだろうか。そうなってくると淋しいものである。

 昔はどうしてあんないい加減なことが許されたのであろうか。お金持ちだったり有名だったりすれば、不倫するのはあたり前という雰囲気があった。作家なんか特にそう(男性は)。

 当時よく一緒に飲んでいた、若い売れっ子作家がいた。彼は愛人をよく連れてきた。どうということもない小娘(こむすめ)で、もう生意気なことといったらない。彼の威光を笠に着て、同席の編集者たちにも失礼なことを言う。一回ぴしゃりとやったら、

「ハヤシマリコにイジめられた」

 といろいろなところで言いふらしていたらしい。話はまだあって、数ヶ月後、私の原稿を彼女が取りに来たのには驚いた。別れる時に困り果て、作家は担当編集者に頼み込んだようだ。

「アルバイトに使ってやってくれ」

 のどかな時代である。

 いろいろな人が書いているので、今さらと思うのであるが、ドラマ「不適切にもほどがある!」が、とてつもなく面白い。

 昭和からタイムスリップしてきた中年男性が、コンプライアンスにがんじがらめになっている現代のテレビ局と、そのまわりの人たちをかきまわしていくという物語である。

 あの頃を知っている私たち世代は毎回大爆笑(だいばくしょう)であるが、このドラマ、若い人たちにも大人気だという。

 最近株価が4万円を超し、「バブル」という言葉が再び注目されるようになった。本当にあのようなことがあったのか、とよく聞かれる。あった、と私は答える。お金で女性をねじふせようとするのは許せないが、とにかく男性が自分の持っているありったけの力で女性をモノにしようとして必死で頑張っていたっけ。アプリなしで。