夜ふけのなわとび 第1850回 林 真理子 2024/07/19
選択を超えて
東京都知事選が終わった。
予想どおり小池さんの圧勝だったが、意外だったのは2位に蓮舫(れんほう)さんではなく、石丸伸二(いしまる しんじ) さんが入ったこと。
追い上げがすごかったが、まさかここまでいくとは思ってもみなかった。10代、20代はぶっちぎりの支持1位だったという。ネットがつくり上げたパワー。
新しい政治家の誕生かと、ちょっとわくわくしていたのであるが、最近のSNSは、持ち上げる時は思いきり持ち上げるが、落とす時もすごい。メッキがはがれたとか、パワハラだとか、大層な叩きようだ。
実は私も、選挙後の彼の対応を見ていて、すっかり嫌になってしまった。ひろゆき氏以来の冷笑主義というのだろうか、世の中をナメている人独得の態度。
「アンタさ、少しは自分の手を汚すことを考えなさいよ。政治家だろうと、政治屋だろうと、どっちでもいいからさー」
その時、ふと私の頭の中に小泉進次郎さんの顔が浮かんだ。今まであまり興味がなかったのに。
愚直と思われようと、ウザいと言われようと、必死に自分の理想を世間に訴えようとする。政治の力で世の中は変わる、と信じているからこそのあの姿。
「そうだよなー、進次郎さん、やっぱりいいかも」
と私が考えるようなことは、世間の多くの人が考えること。都知事選の後、進次郎さんの名前がネットに突然浮上したのである。
「進次郎の方がずーっとマシ」
そう、新しい政治家といっても、その根本は、社会の幸せを祈ることでなければ私たちはやりきれませんよ。
冷静になってみれば石丸氏の躍進は皆が言うとおり、
「ユリコもレンホーもイヤッ」
という人たちの選択だったのだ。
選択といえば、この頃私はいつも考えることがある。私の秘書に関してだ。
それはコロナが全ての要因と言えるかもしれない。
3年前のことである。30年勤めてくれたハタケヤマが辞めることになった。どうしようか、と困っていた最中、編集者から紹介されたのが今のセトである。大手の航空会社のCAであるが、今、仕事がない。転職したいというのである。
「せっかくCAになったんだったら、もうちょっと我慢したらどう。コロナだって、必ず終わりがくるんだから」
と言ったところ、もともとCAの仕事が合わなかったという。
「飛行機酔いするし、その日会う他のクルーとハジメマシテで、すぐ勤務する人間関係もイヤでした……」
ということで試しに働いてもらったところ、かゆいところに手が届くように気がきくし、全てにきちっとしている。さっそく正式に勤めてもらうことにしたのであるが、そこに降ってわいたような私の日大理事長就任。
彼女は事務所にひとりぼっちになってしまったのである。
私と話をするのは、迎えがくるまでの15分、ないしは30分。あるいは夕方7時前に帰った時のみ。おまけに本当に申しわけないことに、連載もしなくなり本も出さなくなったので、彼女のボーナスもちょっぴりになる。
私が通常の仕事をしていれば、編集者の人たちが誰かしらやってくるのであるが、毎日一人。話をするのは中年のお手伝いさんだけという状態であった。
が、そんな中、毎週必ずやってくる編集者がいた。某女性誌を担当するA氏である。
2人を結ぶ縁 私は今、2つのエッセイの連載だけをしているが、そのうちのひとつがこの女性誌である。あとの1つは、この週刊文春の「夜ふけのなわとび」だ。
そしてここが重要なことであるが、私はこの女性誌で、エッセイと共にイラストも描いている。もう40年近く描いているので、ヘタな自画像をご覧になっている方もいるかと。
手描きのイラストはファックスやパソコンでは送れない。必ず受け取りにくることになる。
バイトのコが来ることもあるが、A氏のうちは同じ沿線にある。出勤の前、金曜日の午前中、彼は私の事務所にやってくるようになった。
それでどうなったかというと、やがて2人は恋におちた。そして結婚することになったのである。
まことにめでたいことである。
「よかったねー。うちに来て何もいいことがなかったけど、ひとつだけいいことあったねー」
と祝福したが、それだけでは終わらないのが作家のサガ。
「それにしても、あなたの選択のハバ、あまりにも狭くない?」
「そうですかねー」
「そうだよ。今、定期的にうちにきて、顔を合わせるのA君だけじゃん。ちょっと見渡せば他にも独身の編集者、いっぱいいるよー」
そう、そう、と私は続けた。
「今度、私の担当になったKADOKAWAのB君、ものすごいイケメンで、しかも東大出。ああいう人もいるんだから、もっと視野を広げてもいいんじゃないの」
これには彼女は、かなりむっとしたようだ。
「そういう方は私なんかに目をとめないと思います。私とAさんはとても合っていると思いますので」
顔も性格も全て好みなのだそうだ。もちろんA氏はさわやかな好青年であるが、たった一人から選ばなくてもと、私が冗談半分にねちねち言うと、
「これは縁だったんです」
きっぱり。
そうか、コロナが発生したのも、私が理事長に就任したのも、前の編集者が妊娠で担当を替わったのも、みんな2人が結ばれるための縁になったのね。選択なんていう言葉をはるかに超える縁という名の運命。
そして2人は3日前に入籍した。めでたし、めでたし。