林真理子 夜ふけのなわとび 第1861回 2024/10/18

創立記念日

 10月4日は、わが日大の創立記念日であった。

 そして同時に「日大デイ」であったと私は認識している。まず朝日新聞の朝刊全15段に、学長の写真が載った。久しぶりにうてたうちの広告は、若くカッコいい学長の就任の決意である。これは世界的カメラマン、レスリー・キーさんが撮ってくださった。

 何人かからLINEで、

「おたくの学長、本当に素敵ね」

「ニュースキャスターかと思った」

 と誉められ、鼻高々である。

 しかもこの学長、朝から東都大学野球の始球式もつとめた。最初は冗談半分に、

「理事長がやったらどうか」

 という話もあったらしいが、

「どこかの知事のように、骨折したら大変」

 ということで、すぐに却下されたそうだ。

 理工学部出身の学者である学長は、とても真面目な人で、話があってから毎日練習に励んだことを私は知っている。本部の屋上で、キャッチボールが始まった。人材豊富なうちの学校、甲子園優勝の時のキャプテンが本部の職員にいて、お相手をつとめていたのだ。

 さて当日の神宮球場。雨が降ったり、陽がさしたりと落ち着かない天気である。私は何人かとネット裏に陣どる。創立記念日なので、大学は休み。ゆえに野球部の部員や、チアリーダーたちも席に座っている。

 そしていよいよ始球式が始まった。マウンドからの距離というのは、真近で見るとかなりのものだ。腕をふりかぶる、元野球少年の学長。

「がんばれー!」

 みんなで声援をおくった甲斐があり、見事ノーバウンドでミットへ。しかもかなりのスピードである。よかった、よかった。

 そして肝心の試合であるが、相手の国学院も実力派チームでどちらも譲らず、同点の末に延長戦へ。そうしたら表に、2点もとられてしまった。もうだめか……。が、ネット裏で大声を出すオバさん(私のことです)。

「〇〇〜! 打て〜」

 そしてバッターが打ったボールは、どんどん伸びて外野席へ……。

「ウソでしょ!」

 私たちは叫んだ。ホームランで3点入り、日大の勝ちである。みんな喜んだ、というよりあっけにとられ、

「こんなこと、小説でもあり得ませんよね」

 と後ろで見ていた課長も言ったくらいだ。

 いくつかスポーツ紙が取材してくれて、私のことを「勝利の女神」と書いてくれたところも。しかしブスーッとした写真ばかりである。私はよく「仏頂面をしている」と批判を受けるが、そういう写真ばかり使われるので仕方ない。そもそも加齢のため、口角が下がっているのである。

 私は最近、前外務大臣の上川陽子さんを注視している。ほぼ同い齢なのでこの方のお洋服やメイクを参考にさせていただいているのだ。もちろんこの方は、お顔をいじったりなさっていないから、ふつうに皺や弛みがある。が、それがなんとも知的な雰囲気をかもし出しているのだ。年相応の魅力もたっぷりあり、こんな風になりたいものだといつも思う。

なりたい自分になる  が、日本最高レベルの頭脳があってこそのこの容姿。まあ私レベルだと、いろいろ努力しなくてはなるまい。

 今年の誕生日に、旧い友人(男性!)からリフトアップできるデンキブラシなるものを貰った。古希ということで張り込んでくれたらしい。

「いつまでも美しくいてくださいね」

 と嫌味としか思えないカードも添えてあった。私は毎朝、このデンキブラシを必ず使っている。今まで美容器具を山のように貰ったが、1ケ月と続いたことはない。それが毎朝、洗面所の鏡の前で、これを手にしているのである。毎日10分間。

 私はよく若い人たちに言った。

「トシとると、メンテナンスにものすごい時間と労力がいるんだよ。そこへいくと、あなたたちは、何もしなくても肌はスベスベ、髪はツヤツヤ。どうかその時間を勉強か何かに使ってね」

 が、それはもう前世紀の説教であるとつくづくわかる。今の若いコたちは、20代、ひょっとすると10代の頃から美容に励んでいて、その努力たるやすさまじい。話題になった美容グッズは売れに売れ、エステはもちろん、美容整形にも抵抗がない。それはモテたいとか、いいところに就職出来るかも、というありきたりの願望によるものでなく、

「なりたい自分になりたい」

 という激しい欲求によるものなのであろう。このあいだテレビに、女子高校生のボディビルダーが出ていた。コンテストに出るためのジムトレーニングがすごかった。私は何もこんな可愛いコが、筋肉ムキムキにならなくてもと思ったのであるが、やればやるほど体が変わっていくのがたまらなく面白いのだそうだ。なるほど、若い女性はみんなある種のボディビルダーなんだ。

 ところで最近私たちのまわりで、めちゃくちゃカッコいい、と話題になっている女性がいる。無罪が決まった、袴田巌さんのお姉さん、袴田秀子さんである。背すじがびしっと伸びた体といい、話し方といい、とても91歳に見えない。58年間、弟の冤罪を晴らすために、さまざまな運動をされてきた気概もさることながら、同時に優秀なキャリアウーマンでもある。経理のベテランになり住み込みで働いてお金を貯め、なんとマンションを1棟建てたというからタダ者ではない。弟のために自分の人生を犠牲にしたわけではない、というコメントもすごい。

「世の中、こういう女の人がいるんだねー」

 私たちは感嘆のため息をもらす。

 70になるのもあっという間。90になるのもあっという間。どんな人生をおくりたいのか、どんな年寄りになりたいのか、よく考えた方がいい……なんて言っても、誰も聞くわけないか。元気な間はとにかくいい思い出だけはつくりましょう。