林真理子 夜ふけのなわとび 第1877回  林 真理子 2025/02/14

手土産

私のように会食が多いと、悩むのは手土産のことだ。

 それが必要かどうか、まず考える。割り勘(ワリカン)で食べることになっているのだから、手ぶらでいいのではないかと判断していくと、よく裏切られる。

「私だけ申しわけないです……」

 それではと人数分用意していくと、持ってきたのは私だけ。

「そんなに気を遣わなくてもいいのに」

 あれ、という感じだ。

 さらに困るのは、はっきりとご招待を受けている場合だ。その人にだけ何か持っていくのもナンだしなあ、と迷って、結局は他の人の分も用意することになる。

 それで招待してくれた人に、人数の確認をする。

「明日は何人いらっしゃいますか」

 ところがこの人数がわりと適当。5人と聞いていたのに、6人だったり4人だったりするのだ。

 余る時はいいが、足りない人が出てきたら、どうしたらいいか。私の場合、その中でまずいちばん親しい人を指定する。

「〇〇さんとはしょっちゅう会うので、その時に渡しますね」

 その後また買い足し、忘れずに持っていくのもかなり厄介なものだ。だから自宅に送ったりする。

 ここのところ、たて続けに「足りない」が起こって結構大変だった。品物を用意し、手紙を添え宅配便で出した。

 そしてそのお土産であるが、私の定番は日大本部近くのお煎餅屋さんのおかき。ぴっちり海苔でつつまれていて、缶のふたをとると真黒、というビジュアルがウケる。

 それか帝国ホテルで売られているわらび餅。ココナッツ味のやみつきになるおいしさであるが、難は保冷剤を必要とすること。冬はいいけれども、夏はかなり気を遣うしカサばるのだ。

 そしてこういうお土産を、7個とか8個持って指定の場所にいくというのは、かなり大変なことだ。忘年会で、毎年決まったメンバーが集う(つどう)宴会があるが、その時はみなお土産持参。7個持っていくと、7個持って帰ることになる。中に毎年必ず村上開新堂のクッキーを持ってきてくれる人がいて、本当に嬉しい。

 村上開新堂のクッキー。それはもはやエルメスのバーキンと同じだ。ごくごく希少なものとして流通している。

 村上開新堂のクッキーはまず美しい。何の模様もないピンクの四角い缶を開けて息を呑む。どうやったらこのように詰めていけるのだろう、と思うくらいびっしりだ。まるで工芸品のように、四角い形、だ円形が隙間なく詰められている。

 このクッキーを手に入れることは困難だ。まず会員でなければ買うことが出来ない。私も人に紹介されて「注文する権利」を得たが、お願いして手に入れるまで1年はかかる。忘れた頃に数箱届くが、まず自分で食べたことはない。日頃おいしいものを送ってくれる方へのお礼とする。

 この時ものすごく人を選ぶ。価値をわかってくれる人でないと困るのだ。それと地方に住んでいることも重要である。東京のセレブの人だと、わりと贈り物でもらうので、有難みがいまひとつ。

 東京以外のところに住んでいて、会社を経営していたり、お医者さんの奥さんだったりして、

「噂には聞いていたが、一度も食べたことがない」

 という人に送ると、それこそ感激してくれるのである。

お菓子ではなく、本?

 ついこのあいだのこと、日本文藝家協会の集まりがあり、年下の女性作家と帰った。その人がタクシーの中で、何かのはずみでこう言ったのだ。

「私の夢は村上開新堂のクッキーを食べること。アマゾンで時々見かけますが、値段がはね上がってるのがイヤなんです」

「私もなかなか手に入らないけど、今度手に入ったら必ずあげるからね」

 そしておとといのこと、地方である方に会った。その方がお土産に、村上開新堂のクッキーをくださるではないか。

「わー、嬉しい。これをさっそく作家の〇〇さんにあげよーっと」

 彼女にさっそくLINEした。

「住所教えて。村上開新堂のクッキーを送ります」

 やがて「!」印が10個くらいついた「感動」の返事が届いた。お菓子でこんなに喜んでもらえたのは初めてだ。

 私は時々、お菓子ではなく自分の最新刊を持っていくことがある。自分の本というのはちょっとためらうけれども、

「まだ本屋さんに並ぶか並ばないかだから喜ばれますよ」

 と秘書に言われて持っていく。

 もちろん同業者がいる時には持っていかない。みんな一応、わーとか言うけれども内心はどうなんだろう。先日は聞いていなかったけれど、有名漫画家がいた。この時もお土産が足りなかったがあえて後から送らなかった。喜ぶはずないしと思う……。

 先週の土曜日、何十年ぶりかで中学のクラス会にいった。高校の集まりにはしょっちゅういくが、中学はほとんどいかない。昔私をイジめたコもいてずっとご無沙汰していたのである。

「今年こそ絶対来てね。マリちゃんが来たらみんな大喜びだよ」

 と誘われたのであるが、別にそんなこともなく、まあふつうに懐かしく、楽しかった。その時、何を持っていくか悩んだ。私だけ何か持っていって、お金持ちぶってると思われやしないだろうか。と、こういうところが実に自意識過剰なのであるが、まあ無難に焼き菓子の大箱を持っていった。しかしまるで足りなかった。女性だけに配ったが、大箱2つだと、何かエラそうに見えたのではないか……。

 とまあ、非常に気を遣うのが手土産なのである。