夜ふけのなわとび 第1874回 林 真理子 2025/01/24

正月の冒険

 暮れに、親しくさせてもらっている相撲部屋のお餅つきに行った。

 お相撲さんのついたお餅は、粘り気が強く本当においしい。アンコや納豆、キナコと3種類頬ばったうえ、大鍋のちゃんこ汁もいただき本当にお腹いっぱい。

 帰りにのし餅を2枚いただいた。

 帰ってそれを切りながら、しばし思い出にふける私。子どもの頃のお正月、どうしてあんなにたくさんのお餅を食べたんだろう。三ヶ日、家族が食べる数の切り餅をとりに行くのは私の役目であった。父親が6つ、母が4つ、私と弟が3つ。うちの中でいちばん寒い、階段下のダンボールの中、それをとって火鉢の網の上に置く。やがてぷっくりふくれていく切り餅は、今よりもはるかに大きかった。

 そこへいくと、今は元旦に切り餅を1枚食べるぐらいだ。が、今年はのし餅2枚分もある。

 朝、昼、晩食べ続けた。海苔を巻いて磯辺焼き(いそべやき)にもし、スーパーで買ってきたぜんざいと一緒に食べた。

 お相撲さんが、心を込めてついてくれたお餅だ。1枚だって無駄に出来ない。が、そのうちかすかにカビがついてきた。それを包丁で削っていく。

 寒い朝はそのお餅を使ってお雑煮(おぞうに)にする。先日沖縄へ行き、ソーキそばを何度も食べた。そしてカツオ節の出汁(だし)を、しみじみおいしいと思った。世界中探しても、こんなすごいスープがあるだろうか。

 西洋の人たちが肉を食べ、その残りの骨からエキスをとろうとするのは自然の流れだ。

 しかし日本は違う。カツオを蒸したり干したり、カビをつけたりと、途方もなく時間がかかる出汁を思いついた。このあいだテレビでカツオ節会社の人を特集していたが、職人というより、完全にオタク。

「カツオ節づくりの面白さに目覚めたん(めさめたん)です」

 カツオの大きさや天候によって、風味がまるで違ってくるそうだ。奇跡のような食品。

 今、日本料理のおいしさに世界中がトリコになっているが、この出汁文化をもってすれば当然だろう。

 私も暮れには、うんといい利尻昆布と花カツオを買ってくる。そしてお鍋いっぱいの出汁をつくり、三ヶ日のお雑煮とするわけだ。しかし5日過ぎても、寒い朝はお雑煮を食べたくなる。まだ切り餅は残っている。熱いおいしいお雑煮をお腹に入れて出勤したい。

 が、出汁をとるのは、とても時間がかかる。そうかといって顆粒(か‐りゅう)の甘さもイヤ。物ぐさの私はどうしたか。

 お椀におかかをいっぱいに入れ、お醤油をたらし、熱湯を注いだ。箸でぐいと押しつけ、漉こす替わりに唇でちゅーっ。具は昨日の残りのすきやきのネギと肉。究極の手抜き雑煮は、ものすごくおいしい。

「食べることに関して、私って天才かもしれない」

 とヨガ仲間に自慢したら、一人が最高においしいというお餅の食べ方の写真を送ってくれた。オリーブ油で焼いて、出汁醤油をたらすだけ。

「これならいくらでも食べられる」

 と皆で盛り上がった。

会場は男性ばっかり  さて、こんなことをしながら、私は正月に大冒険をした。それは経済3団体による、新年祝賀会に出席したのである。

 日大理事長に就任してしばらくして、私はすごい事実を知った。日大はなんと経団連の特別会員になっているではないか。学校法人で会員になっているのは2つだけである。

「すごいじゃん。ということは毎年テレビでやっているアレに出席出来るっていうことだよね」

 財界のえらい人が、手にボードを持ってインタビューに答えている。今年の景気はどうなるかを説明しているのだ。あれは日本の正月の風物詩でもある。あそこに入り込めるんだ。

 隣りのオクタニさんは、かつて「財界のアイドル」とか言われていた。男の人ばかりの世界なので、すごくちやほやしてくれるらしい。

 日大の職員に聞いたら、何かの折に入れてもらったけれど、そちら方面とは全くつき合いがないそうだ。加入していたことも忘れていたし、皆も知らないという。

「もったいない。それでは私が新年祝賀会に行ってきます。そして財界デビューいたします」

 と楽しみにしていたのであるが、昨年は不祥事でそれどころではなかった。2025年1月7日、私はドキドキしながら帝国ホテルに向かった。しかし日比谷公園のあたりから車は大渋滞。みんな帝国ホテルに向かう車らしい。

 経団連、経済同友会、日本商工会議所、この3団体に所属する企業のトップが、一堂に集まるのである。私にとってはもちろんアウェイの世界だ。遠くからおとなしく観察しよう。

 受付でお花をつけてもらい、いざ会場に。オクタニさんが教えてくれたとおり、男の人ばかりだ。黒いスーツの波、波、波。

 石破さんがいらしてスピーチをされた。意外な、と言っては失礼であるがユーモアがあるとてもいい挨拶であった。

 その時、すごい美女が私の傍を通り抜けようとした。

「あっ、三原じゅん子さんだ」

 思わず口に出してしまった。こんな綺麗な人が国会議事堂の中にいるなんて信じられない。

 やがて目が慣れてくると、女性を発見。知り合いの社長さんたちである。

「それにしても男性ばっかりだよね」

 と皆で言い合う。ここで力を得て前進する私。オクタニさんが前の方にいるよ、とLINEをくれたのだ。彼女と会えてキャッキャッ。前に出たついでに、今日の主催者の一人、同友会代表幹事の新浪剛史さんに挨拶したら、係の人が写真を撮ってくれた。壁の花になるつもりであったが、話しかけてくれる人も多く案外楽しかった。

 新しい年に新しいことをする。こんなわくわくを久しぶりに味わった私である。