池上彰のそこからですか!? 第607回 2024/03/08

トランプ、裁判対策に懸命

 今年11月のアメリカ大統領選挙を前に、いまは共和党も民主党も党の候補(こうほ)を決める予備選挙の最中です。共和党はトランプ前大統領、民主党はバイデン大統領になりそうな様相を示していますが、トランプ氏に関しては、4件の事件で起訴されています。

 トランプ氏は、「いずれも民主党バイデンの策略だ」と全面否定。これまでに膨大な(ぼうだいな)弁護士費用を支払っています。「トランプ氏が2023年に弁護士費用に使った額は5120万ドル(約77億円)。さらに2350万ドルをスーパーPAC(政治活動委員会)などの資金から弁護士費用に充当(じゅうとう)することができる。しかし4件の刑事裁判を抱える同氏の弁護士費用が積み上がり、使用できる資金は7月頃に尽きると予想される」(ブルームバーグ日本版2月15日)。

 1年間に日本円にして77億円も弁護士に払っているとは。一体弁護士は何人いるのか。トランプ氏の足元を見て法外な弁護士費用を請求しているのか。裁判が始まる前からこれだけの費用がかかっているのですから、裁判が始まったら、弁護士費用はどこまで増えるのでしょうか。

 アメリカも候補者個人への政治献金は限度がありますが、「スーパーPAC」と呼ばれる政治活動委員会は、献金額の限度がなくいくらでも資金を集めることが可能で、候補者を応援するテレビCMなどに充当します。トランプ氏を大統領選挙で勝たせるために政治献金した個人も大勢いるでしょうが、その資金の多くがトランプ氏個人の弁護士費用に使われてしまっているのです。

 こうなると、選挙運動に使える資金が底を突きます。

 そこでトランプ氏が目を付けたのが、共和党全国委員会が集めてきた政治資金です。共和党全国委員会を親族で乗っ取って、資金を自由に使えるようにしようというのです。既に全国委員会の委員長は、トランプ氏の圧力を受けて辞意を表明しています。トランプ氏はその後任に、全国委員会の法律顧問であるマイケル・ワトリー氏を、共同委員長に義理の娘(息子エリックの妻)で元テレビプロデューサーのララ氏を推薦すると発表しました。

 共和党全国委員会は、今年11月の大統領選挙に合わせて実施される連邦議会議員選挙に立候補する共和党員を応援する資金を集めてきましたが、ララ氏は「この資金はすべてトランプ前大統領を当選させるために使う」と宣言しています。

 自分の裁判対策で使ってしまった資金の穴埋めに共和党の資金を注ぎ込む。まさに「トランプ・ファースト」ですが、これでは11月の選挙でトランプ氏は返り咲いても議会の共和党議員は減ってしまったということになりかねないのです。

 トランプ氏が起訴されている4件のうち、「ポルノ女優に不倫の口止め料を払った」とされる事件の裁判が最初に始まることが決まり、3月25日からニューヨーク州地方裁判所で開始されます。

裁判には時間がかかる

 この事件の裁判は、トランプ氏が2006年にポルノ女優と不倫をし、これが2016年の大統領選挙中に暴露されそうになったため、女優に口止め料として13万ドル(現在の日本円で約1950万円)を払ったというものです。

 といっても、不倫が問題になっているわけではありません。トランプ氏は、まず弁護士に口止め料を立て替えさせ、あとになって「弁護士費用」として弁護士に支払ったことが、政治資金の収支報告の帳簿をごまかした罪になるというのです。

 実際の支払いを代行した当時のトランプ氏の弁護士は、事実を認めて有罪が確定。刑期を終えています。

 しかしトランプ氏は、支払いは認めたものの「女優と関係は持っていない」と主張。「女優が脅すので黙らせるために支払った。支払いの原資は自分の金だ」と主張してきました。どちらの主張が正しいか、裁判で審理するのです。

 ここで分かりにくいのは、アメリカの裁判制度です。日本の場合、起訴されると初公判で検事が起訴事実を説明します。これを「冒頭陳述」といいます。これに対して被告が認めるか否定するか「認否(にんぴ)を明らかにする」ことになっています。

 しかしアメリカでは、陪審員裁判が行われます。ここで注意してほしいのですが、アメリカの裁判は全部が陪審員裁判になるわけではありません。被告が最初に罪を認めれば、裁判官の判決が出ておしまいです。

 一方、被告が無罪を主張し、なおかつ「陪審員裁判にしてくれ」と要求して初めて陪審員裁判になります。今回はトランプ氏側の主張で陪審員裁判になります。

 3月25日から始まる裁判では、まずは陪審員の選定をします。アメリカには日本のような戸籍制度がないので、自動車の運転免許の登録者や有権者登録をした人の中から裁判所が抽選で候補を選びます。陪審員の数は12人ですが、裁判が長引いた(ながひいた)場合は都合が悪い陪審員が出てくる可能性があるため、補充要員(ほじゅうよういん)も選びます。この人数は裁判によって異なります。まずは裁判所が「陪審員候補」に選ばれた人に招集通知を送ります。その数も裁判によって異なりますが、通常は数百人、場合によっては1000人レベルに上ります。その中から、裁判所に出られる条件があるか、英語が話せるかなどで裁判官が人数を絞ります。その上で、検察官と弁護士が、自分たちに有利な判断をしそうな陪審員を選びます。不利な判断をしそうな人は無条件で忌避(きひ)できるのです。その人数の上限も裁判によって異なります。アメリカの裁判は、陪審員の全員一致で有罪か無罪かの「評決」が下されます。トランプ氏の弁護側は、トランプは無罪だと言ってくれる陪審員を1人でも送り込むことができれば、トランプ氏が有罪になることはありません。まずは陪審員選びで検察と弁護側が激しい火花(ひばな)を散らすのです。