池上彰のそこからですか!? 第609回 2024/03/21
「春闘」って、なんだ?|
Q このところ大手企業が大幅な賃上げを決めたとニュースになってますよね。ここで「春闘(しゅんとう)」という言葉が出てくるんすが、「春の闘い」って、なんのことっすか?
A いまの若い人には「春闘」といっても、理解できないよなあ。労働組合が会社側に賃上げ要求を出して回答をもらうことだけど、それを「闘争」と表現されても理解に苦しむかも。社員(労働者)の給料(賃金)は、労働者が団結して経営者(資本家)から闘い取る(たたかいとる)だという階級闘争の視点の遺産というか遺物のようなものなんだ。
Q げっ、階級闘争?
A 第二次世界大戦後、日本ではマルクス主義にもとづく労働運動が盛り上がった。その中で、労働者が賃上げ闘争を戦って団結を強めることで、社会主義革命を戦う主体を形成するという発想が強まったんだ。当時は日本社会党や日本共産党が労働組合に強い影響力を持っていたからだ。
Q 社会党って、いまの社民党のことっすか?
A そうなんだ。いまでこそ社民党は組織の存続が危ぶまれるほどの弱小組織になってしまったが、1950年代半ばから1990年代半ばまで野党第一党として隆盛(りゅうせい)を誇った。大きな政党だったから、党内には多様な思想を持ったグループが存在した。その中には議会で多数派を形成して社会主義革命を成功させようと志向する革命派もいた。彼らが労働組合にも強い影響力を持った。
こうした労働組合の連合組織が「総評」(日本労働組合総評議会)だった。一方、社会主義革命に反対し、労使協調路線で企業の成長の分配を得ようと考えていた労働組合の連合組織が「同盟」(全日本労働総同盟)だった。
Q 総評と同盟が一緒になったのが、いまの「連合」(日本労働組合総連合会)というわけなんすね。まさに「連合」だ。
A おお、やけに物分かりがいいじゃないか。そうなんだよ。
Q でも、なんで春にいろんな会社の労働組合が一斉(いっせい)に賃上げ要求をするんすか?
A 社会主義を目指す労働運動としては、労働者がストライキ闘争を通じて革命意識に目覚めてほしいと考えた……。
Q ちょっと待って。ストライキって、なんすか?
A なんと、そこから説明しなけりゃならないのか。たしかに最近はストライキがなくなったからなあ。ストライキは、労働組合が要求を通すために「要求に応じなければ一斉に労働を拒否して会社に損害を与えるぞ」と職場放棄することだ。
Q そんなことしていいんすか?
A これは労働者の権利として認められているんだ。昨年、大手デパートの西武池袋本店(せいぶいけぶくろほんてん)で労働組合がストをしたことがニュースになったろう。これは賃上げ要求ではなく、西武とそごうのデパートの売却に従業員が反対していることの意思表示だったけど。ただし、公務員はストライキをすると国民生活に支障が出かねないとして認められていない。
企業別組合だから「みんな一緒に」
A 同じ労働組合でも、たとえばアメリカは「産業別労働組合」だ。自動車メーカーの労働組合は、企業の壁を越えて組織されているから、一斉にストライキに入ることができる。ところが日本の労働組合は「企業別労働組合」だ。だから、ある業種でA社の労働組合がストライキに入り、生産が止まると、ライバル関係にあるB社の製品が売れて、A社は経営が悪化する恐れがある。それでは賃上げできず、元も子もない。そこでA社とB社の労働組合が一斉にストライキに入れば、抜け駆けする会社がないから、経営者に強い圧力をかけることができる。こう考えて、4月からの新年度前の「春」に、一斉に賃上げ要求をするようになったというわけだ。
Q つまり、「みんなでやれば怖くない」というわけですね。
A 事実、かつての春闘では、多くの労働組合が一斉にストライキに入ったものだ。特に私鉄各社の労働組合がストライキに入って翌朝から電車が止まることが決まると、多くの会社員が前夜から会社に泊り込んだ。そのために貸し布団店が大繁盛(だいはんじょう)した。春の風物詩(ふうぶつし)になっていた。
Q 私鉄の労働組合がストに入ったら、鉄道の利用者は迷惑でしょ?
A それはそうなんだが、私鉄の労働組合がストに入って賃上げを実現できたら、それ以外の企業にも影響を与える。そこで、「自分たちの給料も上がるかもしれない」と考えて、私鉄のストを甘受(あんじゅ)したんだ。あるいは、「スト頑張れ」という声まであった。
Q 労働組合の力が強かったんだ。
A その通りだね。でも、当時は高度経済成長時代。企業の収益も高かったから、労働組合の要求に応えやすかったという事情もある。
Q そんなに労働組合が張り切っていた時代もあったのに、いまはすっかり影が薄くなったっすね。
A バブルがはじけると、企業は収益が下がり、とても労働組合の要求に応えられなくなった。それどころか、社員の人員削減をしなければならなくなった企業も増えた。そうなると、労働組合はどうする?
Q 賃金引上げを要求するよりは仲間の首切り反対と言うでしょう。
A その通り。賃金を上げることより仲間の雇用を守ったんだ。その結果、給料は上がらないままだった。
Q 麗しい(うるわしい)仲間愛というわけっすね。でも、こんなに物価が上がったら、給料の引き上げを勝ち取らなければやっていけないじゃないっすか。
A 企業の中にも社員の苦労に報いることにしたところが増え、今年の春闘では労働組合の要求額より高い引き上げを回答した企業もある。
Q そりゃ、労働組合の執行部が恥かいたっすね。組合員から「要求が低すぎた」と叱られるでしょうに。今後は、大企業以外でも給料が上がるかが課題っすね。