池上彰のそこからですか!? 第621回 2024/06/28

コロンブスは何をした人?

「イヨクニ燃えるコロンブス、1492年」なんて語呂合わせ(ごろあわせ)で年号を覚えませんでしたか? それとも「イヨークニが見えた、コロンブス」という方でしょうか。

 かつては、こんな言い方をして、「1492年、コロンブス、アメリカ発見」などと習ったものです。

 でも、コロンブスが「発見」する前からアメリカ大陸(たいりく)には先住民が住んでいたのですから、「発見」は欧州人の視点です。いまの教科書は「コロンブスのアメリカ到達」という表現に変わっています。

 でも、このように歴史的見方が大きく変化していることに関係者は全員気づかなかったのでしょうか。その方が深刻なのですが。

 人気バンド「Mrs.GREEN APPLE」の新曲「コロンブス」のミュージックビデオが「差別だ」と問題になりました。

「Mrs.GREEN APPLE」は男性3人組(さんにんくみ)のバンド。今回発表した新曲の名前は「コロンブス」で、公開されたミュージックビデオは、「もしも生きた時代の異なる偉人たちが一緒に旅をしたら」をテーマに、3人がコロンブス、ナポレオン、ベートーベンに扮して(ふんして)旅をするという設定でした。3人は類人猿(るいじんえん)がパーティーをしている家を訪れ、類人猿に人力車を引かせたりするシーンがありました。

 現地の人を猿扱いしたことが問題になるのは当然ですが、いまの時代、コロンブスに対する歴史的評価が大きく変わっていたことに関係者が無頓着だったのは衝撃的でした。

 そもそもコロンブスを偉人として無邪気に取り上げること、それ自体も問題なのです。

 何が問題なのか。ここでコロンブスについて復習しておきましょう。イタリア人のクリストファー・コロンブスはスペイン王室の支援を受けて大西洋を西へ進みました。そうすればインドに着けると思っていたのですが、実際にはアメリカ大陸がありました。

 コロンブスはこれをインドだと勘違いして、そこに住んでいる人たちを「インディアン」(インド人)と呼んだのです。もちろんインド人ではないわけですから、「アメリカンインディアン」などと呼んだ時代もありましたが、現在では「アメリカ先住民」(ネイティブアメリカン)と呼ぶようになっています。

 アメリカ大陸に渡ったコロンブスの一行は何をしたのか。先住民の財産の略奪と大量虐殺でした。先住民たちを人間扱いせず、金銀財宝(きんぎんざいほう)を奪う対象としか見ていなかったのです。コロンブスの「発見」以降、アメリカ大陸にはスペインから多数の植民者たちが上陸し、強奪の限りを尽くしました。

 このときスペイン人たちはさまざまな病原体も持ち込み、現地の人たちは、「未知の感染症」でバタバタと死んでいきました。それまでヨーロッパでは天然痘やペストなどが流行し、植民者たちは免疫を持っていたのですが、免疫を持たない現地の人たちが死んでいったのです。

コロンブスは英雄ではなかった

 私のような世代にとっては、コロンブスは未知の大陸を発見した英雄というイメージでした。

 しかし、いまや評価は逆転。アメリカでは各地に設置されていたコロンブスの銅像を撤去する動きも出ています。今回の問題点は、音楽とミュージックビデオの制作に多くの人間が関わっていながら、誰も止めようとしなかったことです。まして「コロンブス」はコカ・コーラのキャンペーンミュージックです。コカ・コーラ日本法人の関係者が、事前にミュージックビデオの内容を把握していたかどうかはわかりませんが、曲の題名が「コロンブス」になったと聞いた段階で、警戒警報が鳴らなかったことが深刻です。

 ここで思い出されるのが2016年10月のこと。「欅坂46(さくらざかフォーティシックス、Sakurazaka46)」が、横浜で行われたハロウィーンコンサートで、ナチス・ドイツの軍服(制服)に似た衣装を着たことです。当時の写真を見ると、まさにナチス・ドイツの親衛隊を想起させます。ヨーロッパでは一目でアウトの衣装なのですが、ここでも途中でNOという関係者がいなかったのでしょうね。

 ナチス親衛隊の制服は一種独特の特徴を持っていました。このため戦後は“悪の象徴”になり、映画やドラマで敵方になる人間たちは、こうした服装を着用しています。

 批判を受けて関係者は平謝り(ひらあやまり)でしたが、アメリカのユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が謝罪を求める声明を出しました。この組織は第二次大戦後、世界各地に逃れたナチスのメンバーの捜索・逮捕に協力。その一方、世界中でユダヤ人差別やナチス賛美(さんび)の動きがあると敏感に反応して抗議行動を展開します。抗議だけでなく、スポンサー企業に撤退を呼びかけて責任者を謝罪に追い込んだりしてきました。こうした動きに無頓着だと、ナチスばりの服装にしようという発想が出てしまうのです。

 ましてドイツや日本は共に日独伊三国同盟を結成してアメリカなどの連合国と戦った存在。「日本にはまだナチスを賛美する人間がいるのか」と誤解されかねないのです。

 ナチスというと、もうひとつ思い出される事件があります。それは、2021年の東京オリンピックの開会式や閉会式の演出担当者が、過去にホロコースト(ユダヤ人大虐殺)をお笑いコンビの一員としてコントの材料にしていたことが開会式直前になって発覚したことです。

 ここでも「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が、「この人物が東京オリンピックに関わることは600万人(ホロコーストの犠牲者の数)のユダヤ人の記憶を侮辱している」との非難声明を出し、大会組織委員会は開会式直前に演出担当者を解任しています。大会への影響は辛うじて防ぐ(ふせぐ)ことができたとはいえ、日本には国際情勢に疎い人(うとい)たちが大勢いることが気がかりです。