池上彰のそこからですか!? 第633回 2024/10/04

ネブラスカが注目州に

Q アメリカの大統領選挙って、国民の直接選挙だと思っていたら、そうじゃないそうっすね。大統領選挙人を選ぶとか。

A それは、アメリカが50の州と首都地区から成り立っているからだ。United States of Americaの「state」は日本では「州」と訳されているけど、要は国のようなもの。アメリカは、50の「国」が集まって連邦国家を形成しているんだ。それぞれの州には憲法があるし、その州だけで有効な法律もある。死刑のある州もあればない州もある。議会も1州を除いて上院と下院がある。裁判所も基本的には地方裁判所、控訴裁判所(こうそ) 、最高裁判所と三審制だ。州兵という独自の軍隊もある。

Q そうか、それぞれの州が、アメリカ連邦の大統領に誰がいいか、独自に決めるんだ。

A その通り。州民の選挙で、その州に割り当てられている大統領選挙人を選ぶんだ。

Q その人数はどう決まっているんすか?

A 州ごとに割り当てられている上院議員と下院議員の数を合計したものだ。上院議員は各州2人。州の代表だ。一方、下院議員は国勢調査の結果にもとづき州の人口に応じて配分されている。いわば国民の代表だ。この数を合計したものが州の大統領選挙人の数になる。

 たとえば大統領選挙人の配分が一番多いカリフォルニア州は上院議員2人、下院議員52人なので、計54人の大統領選挙人を選ぶ。2020年には55人だったが、人口が減ったので54人になった。

Q 人口の少ない州は?

A アラスカ州など6州は、わずか3人。また首都ワシントンは上院議員も下院議員もいないけれど、大統領選挙人は3人が割り当てられている。その結果、大統領選挙人の数は全部で538人だ。

Q ということは、半分は269人なので、270人以上を獲得した候補が勝利するんすね。その大統領選挙人は、どうやって選ぶんすか?

A 各候補があらかじめ大統領選挙人団の名簿を選挙管理委員会に届けておく。多くの州で1票でも多く獲得した候補が選挙人を総取り(そうどり)する仕組みだ。

Q 得票数に比例して配分することはしないんすね?

A 州として意思を統一するために勝った方に全部を渡すんだ。

 投票は今年の11月だけど、そこで選ばれた選挙人が12月に投票して、その票を首都ワシントンの連邦議会に送付(そうふ)する。来年1月6日に連邦議会の下院議場で集計する。

Q だから2021年の1月6日にトランプ支持者たちは、選挙結果を覆そうと連邦議会を襲撃したんだ。

 でも、選ばれた選挙人が、実際の投票では対立候補に投票するなんてことはないんすか?

A これが、たまにある。「不実な選挙人」と呼ばれるけど、大勢に影響したことは、これまではない。

ネブラスカが注目

Q 大統領選挙人を選ぶという仕組みにしたために、国民の総投票数では勝った候補が、選挙人の数では負けたなんてことがあるんすね?

A 2000年の選挙では民主党のアル・ゴアが共和党のジョージ・W・ブッシュに総得票数では勝ったが、選挙人の数で負けた。2016年も総得票数ではヒラリーがトランプより286万票も多かったが、トランプに負けている。このときトランプは「総得票数でも自分が勝った。ヒラリーの300万~500万票は不法移民が投票した」と主張。大統領に就任後は、ペンス副大統領に命じて「不正投票」を調べさせたが、そんな証拠はなかった。

Q トランプは2020年に「自分が勝った」と主張したけど、その4年前も同じような主張をしていたんだ。ところで、さっき総取りは「多くの州で」と説明しましたけど、そうでない州もあるんすか?

A おお、注意深いな。実は選挙人総取りではない州が2つあって、これが注目されているんだ。ネブラスカ州とメーン州だ。ネブラスカは5人、メーンは4人だけど、この2つの州は、州全体で勝った方が2人を獲得し、残りは、下院議員の選挙区ごとに勝った候補が選挙人を獲得する。問題はネブラスカ州だ。

Q どういうことすか?

A ややこしいだろう。まずネブラスカ州全体で総得票数の多かった候補が選挙人2人を獲得する。ネブラスカ州の下院議員の数は3人なので、3つの選挙区で、それぞれ得票数の多い候補が、その選挙区に割り当てられている選挙人を獲得する。

Q ここが注目されているということは、過去に総取りではない結果になったんすね?

A そうなんだ。ネブラスカ州は全体としては保守的なので、前回の選挙で州全体ではトランプが2人獲得したけれど、残りの3つの選挙区のうち、最大都市オマハが含まれる選挙区ではバイデンが勝っている。やはり都市部では民主党が強いんだ。そこでトランプが、ネブラスカの選挙制度を変えさせようと画策した。

Q つまりネブラスカ州も総取り方式にしろと主張したんすね。

A その通り。2人の候補は現在接戦で、今回も、この選挙区ではハリスが優勢だという世論調査がある。読売新聞によると、政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」の分析では、ハリスが優勢な州・首都の選挙人は225人で、激戦7州のうちペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン各州の計44人を押さえた上でネブラスカ州の1人を獲得すれば、ちょうど勝利に必要となる270人に達すると計算している。

Q わずか1人をめぐって争ってるんだ。

A 選挙制度を変更するには州議会の決定が必要だ。議会の共和党議員33人全員が賛成すれば、トランプの思惑通りになるところだったが、共和党議員1人が賛成しなかったので、トランプの画策は失敗した。ここでも1人がカギだった。