池上彰のそこからですか!? 第638回 2024/11/13

トランプ再選は「シン階級闘争」

 アメリカ大統領選挙の開票に合わせて編成されたテレビ朝日の「大下容子(おおした ようこ)ワイド!スクランブル(Wide Scramble)」の特番に出演しました。当初は4時間の生放送のはずだったのですが、結果がなかなか出ないことや視聴率がいいことから(いまは視聴率が放送中に、ほぼリアルタイムでわかる)、延長、延長となり、結局6時間の生放送出演でした。

 当初は「大接戦」と見られましたが、結果を見ればトランプの圧勝でした。どうしてこのようなことになったのか。まずは世論調査の精度の問題があります。

 私がアメリカで街頭インタビューしたときに、気軽に答えてくれた人たちの多くはハリス支持でした。ところが、インタビューに応じようとしない人たち(白人男性が多かった)からはメディアに対する不信感や敵意のようなものを感じました。この人たちの多くはトランプ支持者だったのでしょう。

 トランプは既存のメディアを「フェイクニュース」と呼んで敵視してきました。その結果、トランプ支持者たちもメディアに不信感を持つ人が多く、テレビのインタビューに応じなかったり、メディアが実施する世論調査に協力しようとしなかったりしたのではないでしょうか。いわゆる「隠れトランプ」です。

 これでは正確な世論調査はできません。「トランプに投票する」と答える人が少なく、事前のメディアは「大接戦」と報じてしまったように思えます。

 今回のトランプ勝利を、私はアメリカ版「階級闘争」における労働者階級の勝利だと見ています。アメリカのような資本主義国で、資本主義の権化のような人物の当選をこう見るのは奇異(きい)に感じるかもしれませんが、彼の当選を支えたのは、アメリカ社会の労働者や農民だったからです。

 グローバル経済の発展でアメリカの製造業は空洞化してしまいました。かつての工業地帯は「ラストベルト」(錆びた地帯(さびたちたい))と呼ばれるようになっていました。失業し、意欲を失った労働者たちはオピオイド(Opioid)という麻薬が含まれた鎮痛剤で一時の苦しみを忘れようとして、その乱用から毎年約8万人が死亡するという悲惨な状態になっています。

 もともと労働者の党だった民主党は、都市部の高学歴のⅠT産業や金融業のエリートによって支配される組織に変質していました。いわばエスタブリッシュメント(establishment)の党になっていたのです。

 これに対し、グローバル経済から取り残され、「忘れられた人々」を掬い上げたのがトランプでした。本来共和党こそエスタブリッシュメントの金持ちの政党だったのですが、トランプが「労働者の党」にしてしまったのです。

 かつての共和党の大会には、いかにもエリート然(しか)としたスーツ姿の人たちが上品に会話する姿が見られましたが、いまやトランプのTシャツを着た、エリートが眉をひそめるような風体の男たちに占領されてしまいました。

「トランプ革命」に身構えよ

 日ごろアメリカの政治や経済に無関心だった“プロレタリアート”を目覚めさせて扇動することに成功したのがトランプだったのです。彼らはエリート然として上から目線で演説する民主党の政治家に敵意を持つまでになっていました。民主党の政治家が「民主主義の大切さ」を語っても、人々は「理想より日々の暮らしが大切だ」と反発します。インフレで物価高に苦しむ人々は、理想より「インフレを退治する」と語るトランプに惹かれたのです。

 その彼らの反乱が、今回の結果になりました。いわばアメリカ版の「シン・プロレタリア(プロレタリア階級。労働者階級。無産階級)革命」が出現したのです。

 これから何が起きるのか。トランプは日本を含む世界からの輸入品に10~20%の関税をかけると宣言しています。中国からの輸入品には60%の関税(かんぜい)をかけると言っています。関税を払うのはアメリカの輸入業者。コストが増える分、アメリカ国内での販売価格を引き上げるでしょう。トランプは「インフレを止める」と公約していますが、逆に物価は上昇するのです。

 環境対策でも、大統領就任初日に、地球温暖化対策のパリ協定から再び離脱するでしょう。それどころか「石油をもっと掘りまくれ」をスローガンにしていますから、温暖化対策は大幅に後退します。

 選挙中、トランプは「不法移民を全員追い出す」と宣言していました。「史上最大の国外追放作戦」を掲げたのです。ところが現在アメリカには不法移民が1100万人ほどいると推定されています。彼らの多くはアメリカで生活の場を確保しています。誰が不法移民かを探し出し、国外に追い出すには莫大な費用がかかりますし、各地で人道問題が発生するでしょう。

 実は彼らの多くは安い給料で働くため、人件費(じんけんひ)値上がりの抑制になっていました。コロナ禍後の景気の急回復で人手不足(ひとでふそく)が深刻になった際にも、彼らの存在が人手不足解消に貢献(こうけん)してきました。トランプの公約通りに不法移民を大量に追放すると、アメリカ社会は人手不足と人件費の高騰に見舞われるでしょう。

 つまり、トランプの公約を実施すると、インフレを加速させてしまうのです。本来、こうした政策は、大統領を支える経済学者が練り上げるものですが、トランプは本人の思い付きだけで進めますから、歯止めが利かないのです。

 トランプ政権1期目は、それでもトランプの暴走を止めるスタッフがいましたが、トランプは「自分の行動を妨害する影の政府が存在する」と考えてしまい、2期目の政権では、能力ではなく忠誠心だけでスタッフを採用する方針です。もはや暴走を止めるブレーキ役はいなくなるはずです。「トランプ革命」は、どんな世界をもたらすのか。考えるだけでぞっとするのです。