池上彰のそこからですか!? 第639回 2024/11/21
トランプによる米連邦政府破壊へ
アメリカの大統領選挙の結果は判明しても、同時に実施された議会の上院と下院の選挙の集計作業は、その後も続いていたのです。長引いていた(ながびいていた)下院も13日になって、ようやく確定しました。ずいぶん時間がかかるものですね。その結果、上院も下院も共和党が多数を占めました。大統領も共和党ですから、3つを共和党が支配。これを共和党のシンボルカラーの赤から「トリプルレッド」と呼びます。
その結果が報道されると、1ドルが156円台にまで円安が進みました。トランプ大統領は大幅な減税を進めると公約していますし、景気を良くするために政府予算を大盤振る舞い(おおばんふるまい)するのではないかと見られているからです。議会で共和党が多数を占めていなければ、トランプ大統領の方針について議会がブレーキをかける可能性がありますが、いまの共和党はトランプの言うことに従順に従い(したがい)ます。大統領のやりたい放題になるでしょう。
実は民主党のバイデン政権が政府支出を増やすために国債を新規に発行しようとしたときには議会の共和党が激しく抵抗したのですが、大統領が替わったら、態度を豹変(ひょうへん)させるはずです。党派性むき出しですね。トランプ政権で国債を大量に発行すれば、国債の供給が増えるわけですから、「需要と供給(じゅようときょうきゅう)」の関係で、これまでに発行されて売買されている米国債(べいこくさい)の値段が下がる可能性があります。値段が下がっても満期になって戻ってくる価格に変動はありませんから、売買価格と額面価格の差は広がります。つまり買った後、満期になって戻ってくる金額が増えるのです。これは利子(りし)が増えることですから、金利が上昇します。アメリカの金利は上昇しますが、日本の金利は変わらない。結果として日米の金利差が広がり、円安が進むだろう。そう考えた投資家たちが円を売ってドルを買うという行動に出た結果、円安が進んだのです。
いま一気に説明しましたが、おわかりになりましたか?
つまりトリプルレッドになったことで円安が進んだのです。
トランプが大統領になるのは来年1月20日ですが、すでに新しい政権人事が次々に発表されています。アメリカの場合、大統領が国務長官や国防長官の人事を決めても、議会の上院が承認しなければ就任できません。でも、上院が共和党の多数派になったことで、トランプ人事はスムーズに決まるでしょう。
ところが、その人事構想(じんじこうそう)が、ビックリすることばかりなのです。新政権の人事の目玉はイーロン・マスクの起用です。トランプは新たに「政府効率化省」を設立すると発表しました。これは連邦政府の歳出削減(さいしゅつさくげん)や規制緩和を推進する政府の外の助言機関です。要は「この役所を潰せ、この役所の人員を半減させろ、こんな規制はやめろ」などという提言をして、建国250年にあたる2026年7月までに政府を大胆(だいたん)に改革する計画です。これをトランプは「現代のマンハッタン計画だ」と称しました(しょうしました)。
FBIがなくなり司法省が骨抜き(ほねぬき)?
マンハッタン計画とは、広島と長崎に投下された原爆の開発計画のこと。さも素晴らしい計画だったかのようなトランプの言い方には、日本人として嫌悪感を抱きますが、問題は、その中身です。
イーロン・マスクといえば、ツイッター社を買収してXに名称を変更した際、なんと社員の75%をクビにしたのです。トランプは、その実績を買って、連邦政府の役人を大幅に減らそうとしているのです。
マスクは10月に行われたトランプの政治集会で、政府の支出を「少なくとも2兆ドル(約310兆円)削減できる」と発言しています。政府予算の3分の1近くを減らせるというのです。これだけ政府の支出を減らしたのでは、連邦政府(れんぽうせいふ)が機能しなくなる恐れがあります。
トランプ本人も「再選されたら教育省を廃止する」と宣言していますから、役所の数は減るのでしょう。
教育省といえば、日本の文科省に相当します。子どもの教育方針は親が決めることであり、国に口出しされたくないというわけです。
マスクと共に任命されるのが、ビベック・ラマスワミです。彼は両親がインドからの移民。バイオテクノロジーの企業などを設立して大成功。共和党の大統領候補として立候補しましたが、途中で撤退。トランプの支援に回っていました。彼も「連邦政府職員の75%をクビにする」と言っていますが、さらに驚くべきは、「FBIを廃止する」と公言していることです。
FBIといえば、2016年にトランプが大統領に当選したとき、ロシアによる不正な介入があったのではないかと捜査に入りました。トランプは「俺の当選にケチをつけた」とFBIを憎み、報復のためにFBIを廃止しようとしているのです。
もしそうなったら、ロシアも中国も大喜び(おおよろこび)でしょうね。外国のスパイを取り締まる組織がなくなることを意味するからです。
さらにアメリカで驚きの声が上がったのは、司法長官に共和党の保守強硬派のマット・ゲーツ元下院議員が指名されたことです。
ゲーツは司法省での勤務経験はありませんし、検察官としての経験もありません。そんな未経験者を指名したのは、彼が熱烈なトランプ支持者だからです。でも、ゲーツは下院倫理委員会で、性的不品行、違法薬物使用などの疑いで調査を受けていました。司法省の調べを受けるような人物が司法省のトップに立つなど驚きですが、トランプは自分を起訴した司法省を憎んでいて、司法省に報復しようとしているのです。
連邦政府の役人は数えるほどしか残らず、FBIがなくなって司法省が骨抜き。そうなれば、犯罪のやり放題になりかねません。連邦政府が崩壊に向かう姿を見せられることになるのでしょうか。他国のこととはいえ、恐怖を覚えます。