池上彰のそこからですか!? 第644回 025/01/10

トランプ、国土(こくど)の拡張図る(かくちょうはかる)?

 2025年の世界はどうなるのか。さまざまな推測(すいそく)や見通しが語られていますが、やはりトランプ旋風(せんぷう)が中心になるでしょう。まだ大統領に就任していないのに、ドナルド・トランプの一挙手一投足(いっきょしゅ‐いっとうそく)がニュースになっています。「アメリカ・ファースト」を掲げる彼は、アメリカの地理すら変えようとしています。

 その第1弾は地名の変更です。12月22日、アラスカ州にある北米最高峰のデナリ山(標高約6100メートル)について、かつての名称だった「マッキンリー山」に戻す考えを示したのです。

 この山は2015年、当時のオバマ大統領が、アラスカ州の意向を受けて、マッキンリー山からデナリ山に改名しました。

 ここがマッキンリー山と呼ばれたのは、この地域で金鉱山(きんこうざん)を探査していた人物が、金本位制(きんほんいせい)の擁護者(ようごしゃ)だったウィリアム・マッキンリー大統領候補(共和党)にちなみ提案し、氏が大統領選挙で当選した1896年に名付けたことに由来します。

 デナリは地元先住民族の言葉で「高いもの」を意味し、アラスカ州が1975年に山の名前として指定したものを、オバマ大統領が追認しました。

 それなのに、トランプはなぜ山の名前を元に戻そうとするのか。トランプは名前を戻す理由について、「マッキンリー元大統領は偉大だった」と述べています。何が偉大だったのか。実はマッキンリーは高い関税をかけてアメリカ経済を守ろうとした人物です。さらに彼は1898年、スペインとの戦争を始めています。米西戦争です。この戦争に勝ったアメリカは、スペインの植民地だったプエルトリコ、グアム、フィリピンを併合しています。キューバもアメリカの占領下に置かれたのです。その後、フィリピンは独立し、キューバもアメリカから離れましたが。

 さらにマッキンリーは、同じ年に、独立国だったハワイを併合(へいごう)してしまいます。

 高い関税をかけ、力ずくでアメリカの領土を広げた。トランプが高く評価するだけあります。

 尊敬するマッキンリーが領土を広げたことにならったのでしょうか、このところトランプはアメリカの領土拡大を主張しています。

 同じ22日、トランプは元駐スウェーデン大使を次期駐デンマーク大使に指名した際、「国家の安全保障と世界の自由のために、アメリカはグリーンランドの所有権と管理権が絶対的に必要」と自身のソーシャルメディアに投稿したのです。アメリカの北部に位置するグリーンランドは、デンマーク領だからです。デンマーク本国からは地理的に離れていますから、トランプはそこに目をつけたのでしょうが、デンマークにはいい迷惑です。グリーンランドはデンマーク領ですが、自治が認められ、自治政府が存在しています。ロイター通信の報道によると、グリーンランド自治政府のエーエデ首相は23日、「グリーンランドは売り物ではなく、決して売り物にならない」と言明しました。

パナマ運河(うんが)まで手を伸ばす

 実はトランプは大統領1期目の2019年にもグリーンランド購入を口にしたことがあります。このときはデンマークの首相に一蹴(いっしゅう)されたことにトランプが激怒し、両国関係が悪化したことがありました。

 領土を金で買うというのは、現代ではピンと来ない人もいるでしょうが、過去にアメリカはロシアからアラスカを、フランスからルイジアナを購入したことがあります。なのでグリーンランドも……というわけにはいきません。当時のルイジアナはフランスの植民地でしたが、ナポレオンが戦費調達(せんぴちょうせい)のためにアメリカに売却しました。現代のデンマークは、それほど金に困っているわけではありませんからね。トランプの発言は、デンマークにとっては屈辱的(くつじょくてき)です。

 ただし、グリーンランドを地政学的観点から見ると、重要な島であることがわかります。ここにはアメリカ軍の基地がすでに存在しています。アメリカもデンマークもNATO(北大西洋条約機構)の加盟国。北極海(ほっきょくかい)と北大西洋の間に位置するグリーンランドは、ロシアを封じ込める上で重要な存在です。

 また最近は北極海の氷が解けたことで、その海底に資源が埋まっていることが判明し注目を集めており、中国の船舶が頻繁に往来しています。トランプ発言で、再び注目されることになりそうです。

 注目という点で言えば、もう一つトランプ発言でニュースになったのが、パナマ運河です。

 これも22日のことで、トランプは政治集会で、パナマ運河の通航料が高すぎると不満を述べ、料金を引き下げないなら運河をアメリカに返すべきだと主張したのです。

 パナマ運河をアメリカに返還すべきだという発言で、そんな過去があったことを初めて知った人もいることでしょう。

 パナマはもともとコロンビアの一部だったのですが、アメリカは太平洋と大西洋を結ぶ運河を建設するのを容易にするため、パナマを独立させたのです。このときパナマに運河地帯の幅16キロの主権をアメリカのものと認めさせました。アメリカが、いかに勝手なこと(アメリカ・ファースト)をやってきたかがわかります。アメリカは、こうして自国の領土となった場所で運河の建設に邁進。1914年にパナマ運河は開通しました。その後、運河地帯はアメリカからパナマに返還されていますが、トランプは、こうした過去を否定して、パナマ運河をアメリカに返せと言っているのです。

 しかし、これはトランプお得意のブラフ(脅し)。本音は通航料の値下げです。パナマ運河を通る船の大半はアメリカのものですから、通航料が安くなれば、アメリカの物流コストが下がります。「インフレを止める」というトランプの公約が達成可能になるというわけです。さて、トランプの目論見(もくろみ)

はどうなるのか。