池上彰のそこからですか!? 第646回 2025/01/25
今年最大のリスクはトランプだ
世界のさまざまなリスクを調査している「ユーラシア・グループ」は、新年早々、「今年の10大リスク」を発表しました。「ユーラシア・グループ」は1998年にアメリカで設立されたコンサルティング会社。世界の地政学リスクの情報を企業に提供する仕事をしていて、毎年1月、その年に予想されるリスクを発表してきました。去年はどんなリスクを指摘したのでしょうか。
去年最大のリスクとして挙げたのは「米国の敵は米国」というものでした。アメリカは国内で民主党と共和党の対立が激しく、分断が進行。ドナルド・トランプとジョー・バイデンの「二大政党の大統領候補は、いずれも大統領に不適格だ」と指摘していましたが、その片方(かた‐ほう)のトランプが当選。その結果、今年の「10大リスク」のほとんどはトランプがらみのものになっています。今年の10項目を紹介しましょう。
1 深まるGゼロ世界の混迷
2 トランプの支配
3 米中決裂
4 トランプノミクス
5 ならず者国家のままのロシア
6 追い詰められたイラン
7 世界経済への負の押し付け
8 制御不能なAI
9 統治なき領域の拡大
10 米国とメキシコの対立
リスクのトップの「Gゼロ世界」というのは、ユーラシア・グループを率いるイアン・ブレマー氏が以前から提唱していた概念です。過去の世界はG7のような主要先進国が指導力を発揮できた時代もありました。この場合のGとは「グループ」のG。7か国のグループが世界をリードしてきたというわけです。しかし、グローバルサウスのように、途上国だった国々が発展し、7か国だけでは力不足になり、G20のように世界20の国・地域が世界のことを話し合うようになりました。ところが、これまで指導力を発揮してきたアメリカがトランプ大統領による「アメリカ・ファースト」で脱落(だつらく)。指導力のある国がいなくなってしまい、世界は「ジャングルの掟」つまり軍事力のある国が強い力を持つ弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)の世界になるというわけです。
2番目は「トランプの支配」。2期目のトランプは、1期目に自分の思い通りにことが進まなかったのは「ディープ・ステート」(闇の政府)が妨害したからだと思い込んでいて、アメリカの行政機関を解体し、自分に忠誠心のある人間だけで政府を運営しようとしています。その結果、アメリカの民主主義が一段と危険にさらされるというのです。
3番目の「米中決裂」は互いに関税をかけあうだけでなく、アメリカは中国のIT技術の発展を抑えようとし、これに中国が反発しています。世界経済に大きな存在感のある二大国家の対立は、広い範囲に悪影響を及ぼす(およぼす)のです。
4番目は、その名もズバリ「トランプノミクス」。トランプの経済政策です。世界中の国に対して関税をかけることによって、輸入品の価格は上昇。国内にいる1000万人を超える不法移民を追い出すことで人手不足(ひとでふそく)は深刻になり、人件費(じんけんひ)が上昇。インフレが加速するでしょう。
暴走するAIの恐怖
5番目の「ならず者国家のままのロシア」と6番目の「追い詰められたイラン」は、国際情勢に大きな影響がありますから、当然の項目でしょう。これまでイランが支援してきたハマスやヒズボラがイスラエルの攻撃で弱体化。追い詰められたイランは核開発を加速する恐れがあります。イスラエルのネタニヤフ首相は以前からイランの核施設攻撃を考えていましたが、歴代のアメリカ大統領がこれを押しとどめてきました。しかしトランプ大統領は選挙中から「イスラエルは核施設を攻撃すべきだ」と主張してきました。イスラエルがイランの核施設を攻撃したら、第五次中東戦争になりかねません。ここでもトランプ登場でリスクが高まるのです。
「世界経済への負の押し付け」では、ここでもトランプが登場。世界中の国へ関税をかけることで経済力が脆弱な国は打撃を受けますし、アメリカへの輸出がままならなくなった中国が、他国に商品をダンピング輸出すれば、ここでもまた被害を受ける国が続出するでしょう。
8番目は「制御不能なAI」。実は去年の「10大リスク」の4番目も「AIのガバナンス欠如(けつじょ)」でした。AIは急速に進化していますが、世界各国の管理や規制は後手に回っています。それでもEUは倫理面も含め規制を始めていますが、トランプにすり寄るIT長者(ちょうじゃ)たちは、バイデン政権が検討していたAIへの規制を全部取り払うように働きかけています。倫理面を無視したAIの暴走は世界にとって脅威です。
「統治なき領域の拡大」は、Gゼロ世界になったことにより、宇宙でも海底でも空域(そらいき)でも国際的なコントロールができなくなり、「ジャングルの掟」が拡大するという警告です。
そして最後は「米国とメキシコの対立」。最近トランプは「メキシコ湾をアメリカ湾に変えよう」と言い出しました。そこですか、という突っ込みを入れたくなるところですが、トランプはメキシコがアメリカへの移民や合成麻薬の流入を止めなければ25%の関税をかけると脅しています。これは二国間の対立に見えますが、実は日本にも大きな影響があります。
これまでメキシコからアメリカへの輸出には貿易協定の条件を満たせば関税がかかりませんでした。これを利用して、日本は自動車産業を中心に、人件費の安いメキシコに工場を建て、ここで製造して商品をアメリカに輸出するという戦略をとってきましたが、この手法がとれなくなる可能性が高くなったのです。
最近のトランプは、大統領に就任する前から「グリーンランドを購入する」「パナマ運河を取り戻す」と言いたい放題。大統領になって何を始めるのか。世界各国は身構えているのです。