池上彰のそこからですか!? 第649回 2025/02/15
世界を驚かすトランプ流
アメリカにトランプ政権が誕生して1か月。連日のように驚くニュースが飛び込んできます。連邦政府の職員200万人に退職勧奨(たいしょくかんしょう)を出したとか、CIA職員全員を対象に退職勧奨したとか、教育省解体を始めるとか、ひとつひとつが大ニュースなのですが、連打(れんだ)されると、次第に不感症になってしまいます。「トランプなら言いそうなことだなあ」とやり過ごしてしまいかねませんが、それではいけないのですね。今回は、「これはいくらなんでもやり過ぎ(言い過ぎ)だろう」と思う項目を2つ取り上げます。1つ目は「アメリカ国際開発局」(USAID)の職員の多くを一斉に(いっせいに)休職にしたことです。ここには1万人の職員がいて、3分の2は国外で働いていますが、彼らに帰任命令が出されました。
私はこれまで中東やアフリカの難民キャンプなど各地で「USAID」の名前の入った食料援助袋(えんじょぶくろ)などを見てきました。アメリカの支援が難民の命綱(いのちづな)になっているのを目撃してきたのです。
ところが、もはや「マスク大統領」とまで揶揄(やゆ)されるようになったイーロン・マスクが「USAIDを廃止する」と発言し、トランプ大統領もこれを追認したというのです。
〈トランプ大統領は3日にホワイトハウスで記者団に対し、「急進的な左翼の狂人(きょうじん)たち」が運営するUSAIDによる「とてつもない詐欺」が横行していると非難したが、具体的な名前や詳細は明らかにしなかった〉(BBCニュース2月4日)
具体的な根拠を示さずに批判する。いつものトランプ節全開です。しかし、アメリカの支援で成立してきた各種のプロジェクトが中止になれば、どれだけの人道危機が発生するのか、考えるだに恐ろしくなります。
そもそもUSAIDは1961年、当時のアメリカ議会が「対外援助法」を可決し、それにもとづいてジョン・F・ケネディ大統領の大統領令で設立(せつりつ)されました。年間約400億ドル(6兆2000億円)の予算を持っています。
議会が制定した法律にもとづいていることから、トランプ大統領が「廃止する」という大統領令を出すだけではUSAIDを廃止することはできないのです。
なぜUSAIDが設立されたのか。設立当初は米ソの東西冷戦の最中。アメリカへの支持を世界に広げるためだったのです。
さらに援助の額が増えたのは2001年の同時多発テロがきっかけでした。オサマ・ビンラディンが率いるアルカイダがアメリカを攻撃したことにアメリカ政府が驚きます。アメリカは、なぜこんなにも憎まれているのか。ここはアメリカのファンを増やさなければ。こうしてアメリカ政府はUSAIDの活動を拡大していったのです。
今後、USAIDは廃止されるのではなく、規模を縮小して国務省の一部門にしてしまおうという計画のようです。これによりアメリカの世界の中での存在感は一段と小さくなってしまいます。アメリカが姿を消してしまえば、生まれた真空を中国が埋めることになるでしょう。
「ガザを保有(ほゆう)」?
2つ目の驚きは、トランプ大統領が「ガザをアメリカが保有する」と発言したことです。2月4日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談した後、トランプ大統領はガザ地区のパレスチナ人を近隣諸国に移住(いじゅう)させ、ガザはアメリカが引き取って再開発すると語ったのです。
イスラエルはガザを徹底的に空爆して建物を破壊してきました。その結果、もはや人が住めないだろうからエジプトやヨルダンが引き取ればいいというのです。
パレスチナ人からすれば、「誰が住めなくしたんだ」と突っ込みを入れたくなることでしょう。ガザ地区には220万人が住んでいます。これだけ大勢の人をどうやって移住させることができるのか。
しかしトランプ大統領は、ガザを「中東のリビエラにする」とも言っています。ガザには私も入ったことがあります。イスラエルによって閉鎖され、停滞した街並みでしたが、地中海に面していて、たしかにリゾート地として発展する潜在力(せんざいりょく)を有して(ゆうして)いると思いました。とはいえ、住民を追い出しリゾート地として整備する。不動産業者としての面目躍如(めんもく‐やくじょ)ですが、そこに住んでいる人たちのことはどうなるのでしょう。
トランプ大統領は「ガザを保有する」と表現しています。そのためには米軍兵士を送り込まなければならないでしょう。ガザに送り込まれた米軍は、ハマスにとって格好の標的になります。米軍兵士をガザに送ることにはアメリカ国民の多くも賛成しないでしょう。
そもそもガザは1948年にイスラエルが建国された際、周辺のアラブ国家が建国は認められないと攻撃し、エジプトが占領した地域です。イスラエル建国で家を失った多くのパレスチナ人が、エジプトの保護を求めて移住しました。難民キャンプもできました。
その後、1993年に「オスロ合意」が成立し、ガザ地区とヨルダン川西岸地区でパレスチナ人の自治が始まりました。
このとき以降、パレスチナ人はパレスチナ国家の建設を夢見て(ゆめみて)きました。アメリカを含む国際社会もイスラエルとパレスチナの「二国家共存」を目標としてきたのです。今回のトランプ発言は、これまでの取り組みを一気にちゃぶ台返しするものでした。ただ、トランプ構想は、ユダヤ人過激派の計画と親和性が高いものです。イスラエルにも過激派がいます。彼らは、地中海とヨルダン川にはさまれた地域、つまりパレスチナを含むイスラエルは神が与えた「約束の地」と信じています。
彼らの一部はネタニヤフ政権で連立を組み、パレスチナ人の追放を目論んでいます。今回のトランプ発言は彼らを勇気づけるでしょう。パレスチナ問題は、ますます混迷を深めそうです。