池上彰のそこからですか!? 第650回 2025/02/22
イーロン・マスクは何してる?
アメリカでトランプ氏が大統領に就任するや、アメリカ国内でも世界でも旋風(せんぷう)が吹き荒れています。この旋風の中心にいるのが、イーロン・マスク氏です。
アメリカのニュース週刊誌「TIME」は最新号の表紙に大統領執務室に座るマスク氏の図をあしらいました。いまやアメリカの大統領はトランプ氏ではなくマスク氏だという揶揄(やゆ)です。
マスク氏は「政府効率化省」(DOGE)のトップとしてアメリカ連邦政府(れんぽうせいふ)の一部の機能を停止させたり職員を大量にクビにしたりとやりたい放題。マスク王国を築き(きずき)つつあります。
でも、マスク氏は選挙で選ばれた人間ではありません。大統領選挙中のトランプ氏に莫大な政治献金をして懐に飛び込んだのです。選挙で選ばれてもいないのに政府の組織を解体したりする権限が与えられているのかという批判が高まったところ、トランプ大統領は2月11日、各省庁(かくしょうちょ)が政府効率化省を率いるイーロン・マスク氏と協力するように指示する大統領令に署名(しょめい)したのです。これでマスク氏とその仲間は、大手を振って政府の中を闊歩(かっぽ)できるようになったというわけです。
そもそも政府効率化省は、選挙中にトランプ氏が発足させると宣言した組織です。
ただ当初は実業家のビベック・ラマスワミ氏との共同代表になるはずでした。また正式な役所ではなく、政府を外部から監視し組織の効率化をアドバイスする存在であるとされてきました。
ところがトランプ政権が発足すると、ラマスワミ氏が去り、従来から存在した米デジタルサービスという組織が政府効率化省に改組されました。政府の中に入り込んだのです。
ラマスワミ氏は「オハイオ州知事選挙に立候補する」という名目で去ってしまいましたが、実はマスク氏とは組織のあり方をめぐって意見の相違(そうい)があり、権力闘争に敗れたのです。ラマスワミ氏は、当初の構想通り、政府効率化省は官僚組織の外にあってアドバイスする存在であるべきだと主張したのに対し、マスク氏は官僚組織の中に入るべきだと主張。マスク氏の言い分が通ったのです。
政府効率化省のトップに立ったマスク氏は官僚組織を敵視しています。大統領執務室でトランプ大統領と並んだマスク氏は、「選挙で選ばれていない憲法違反の第4の機関、官僚機構が存在し、選挙で選ばれた代表者よりも大きな権力を持っている」と主張しました。いやいや、あなたこそ選挙で選ばれていないでしょうと突っ込みを入れたくなります。そもそもマスク氏は、宇宙開発から電気自動車、SNSまでを手がける世界一の大富豪です。選挙で選ばれず、議会の承認も得ていない企業経営者が、政府でトランプ大統領を超える実権を握ってしまったのです。マスク氏は「特別政府職員」の身分で仕事を始めていますが、給与が払われているかどうか判然としません。本人は「無給で働く」と言っているのですが。
USAIDが標的に
彼の指示で各省庁にはトランプ氏の仲間が乗り込んでいます。その数約30人。メンバーはマスク氏の宇宙企業「スペースX」で働いたことがある技術者、投資銀行の出身者、保守派の弁護士などと報じられています(ほうじれれています)。
彼らは各省庁の人員に対して大ナタを振るっています。これには、まるでクーデターだという批判も出ていますが、これを応援するトランプ大統領は2月11日に署名(しょめい)した大統領令で、各省庁に大規模な人員削減も要求しています。退職する政府職員が4人出て初めて1人を採用することが認められるというものです。新規採用には政府効率化省との協議が必要になります。これだけ大量に職員を削減してアメリカの政府は機能するのかと他国のことながら心配になります。
とりわけ削減の対象になっているのが「USAID」(米国際開発局)です。この組織は世界各地の紛争や貧困に喘ぐ(あえぐ)人々に医療や食料など、人道支援を行ってきました。2023年度には約130か国で400億ドルのプロジェクトを実施しています。職員は全世界で1万人以上いるのですが、これを約290人にまで削減し、国務省(日本の外務省に該当)の一部局にしてしまう計画です。
既に全職員に休職命令が出され、本部庁舎の看板が外され、世界各地の職員には帰国命令が出ています。このためアフリカでのエイズ対策や感染症対策の取り組みはストップしてしまいました。
このUSAIDについて、トランプ大統領はSNSで根拠不明の批判を始めました。「数十億ドルがUSAIDなどから盗まれ、ほとんどは民主党に都合の良い記事をでっち上げるための『報酬』として、フェイクニュースメディアに渡っている」として、政治専門サイト「ポリティコ」と「ニューヨーク・タイムズ」を名指ししたのです。当然ながら両社とも全面否定していますが、この情報をマスク氏がXで拡散しています。フェイクを自ら拡散です。この投稿は13日の時点で5200万回以上も閲覧されています。この拡散力!
さらにNHKによると、「NHKがUSAIDから資金をもらって言論弾圧をしている」という陰謀論が日本国内でも拡散しているというのです。いやはや、なぜこんな話が出てくるのか。NHKの予算は国会の承認を得ているのですが。
こうなると、トランプ・マスクコンビにブレーキをかけられるのは裁判所しかありません。USAIDの職員の休職などについては裁判所が一時差し止めを命じましたが、バンス副大統領は「裁判官は大統領令を止めることはできない」と言い出しました。遂に三権分立という民主主義の大原則への攻撃まで始まっているのです。