池上彰のそこからですか!? 第653回 2025/03/15
ゼレンスキーはどうすればよかったのか?
Q ウクライナのゼレンスキー大統領とアメリカのトランプ大統領の会談のニュース見たんすが、なんすか、あれ? 何が悪かったんすかねえ。
A 実はトランプ側は事前にウクライナ側に「大統領執務室(しつむしつ)に来るときは正装(せいそう)で来い」と注文をつけていたらしい。ゼレンスキー大統領がいつもの服装で来たことにトランプ大統領は機嫌(きげん)を悪くしたようだ。
Q でも、だったらイーロン・マスクの服装はどうなんすか? いつもジャケットの下はTシャツだし、屋内なのに帽子をかぶっているなんて、大統領に対して失礼なんじゃないすか?
A そうなんだ。3月5日のホワイトハウスの記者会見で記者からその点を聞かれた大統領報道官は答えに窮して話をそらしていた。マスクだけは特別扱い。これではダブルスタンダードだな。
Q それにしても今回の事態はどう考えたらいいんすか?
A あの様子を首脳会談だと思っている人は多いだろうが、あれは会談前のフォトセッションなんだ。
Q つまり写真撮影や動画撮影のためのものなんすか?
A そうなんだ。暖炉(だんろ)の前で2人が座っていたろう。石破総理のときもそうだったんだが、まずは握手して雑談し、親密な様子を撮影させるイベントだ。ただ、通常は5分か10分程度なんだが、今回は50分にも及んだ。
Q なんだ、テレビのためのショーっすか。
A ゼレンスキー大統領がトランプ大統領に支援と停戦の仲介に感謝する様子をテレビで全国に放送したかったんだ。
Q だったら、口答え(くちこたえ)しなければよかったんすね。
A ゼレンスキー大統領が言いたいことはよくわかる。歴代のアメリカ大統領の誰もロシアの侵攻を阻止してくれなかったという不満を持っていたんだな。気持ちはわかるが、そもそもフォトセッションなんだから、笑顔を見せて「アメリカの支援には感謝しています」と言っておけばよかったんだ。実際に言いたいことは、フォトセッションが終わり、報道陣がいない会議室で伝えればよかったんだ。
Q それなのにバンス副大統領が口をはさんだので反論してしまった。
A 大統領同士のフォトセッションで副大統領が口を出すというのは、極めて異例だ。
Q このところイーロン・マスクばかりがトランプ大統領の寵愛(ちょうあい)を受けていることに嫉妬(しっと)して、トランプ大統領が言いたいことを忖度して発言したのかな。「副大統領の自分の方が大統領の気持ちをよくわかっている」というアピールだったかも。
A 以前にトランプ大統領が記者から「大統領の後継者はバンス副大統領ですか?」と聞かれたときに、「決めるのはまだ早い」と答えていたんだ。普通なら「副大統領も有力候補(こうほ)だ」と答えておけば無難だが。
Q そうかあ。バンス副大統領は、その発言に焦ってあんな行動に出たのかな。
ライバルを競わせる(きそわせる)のが手法
A トランプ大統領は、いろんな場面で部下同士を競わせている。両方に意見を言わせて判断することもしているけれど、要は忠誠心を競わせている。国王気取り(だな。
Q どちらも大統領になりたいんすかね?
A いや、マスクは南アフリカ生まれだから大統領になる資格はないんだ。大統領になれるのは、アメリカで生まれてアメリカの国籍を持ち、14年以上アメリカに住んで35歳以上の人だから、大統領になりたいという野心はないはずだ。
Q でも、バンスはライバル心むき出しというわけだ。
A 本来ならフォトセッションの次に首脳会談、昼食後、アメリカにウクライナのレアアース採掘の権利を認める協定に調印。それから共同記者会見の予定だった。
Q それがチャラになったんすね。
A トランプ大統領は怒っていたからなあ。バンス副大統領だって自分のごますり(ass-kisser)のせいで中断してしまったからバツが悪かったろうなあ。
Q 用意されていた昼食はどうなったんだろう。
A トランプ大統領が食べたそうだ。
Q 会談が物別れになったから、トランプ大統領はウクライナへの軍事支援を止めてしまったそうすね。
A それだけじゃない。これまでアメリカの偵察衛星がロシア軍の動向を把握してCIAがウクライナに教えていたんだが、それもストップしてしまった。
Q もう嫌がらせとしか思えないっすね。トランプを怒らせると怖いっすね。
A ゼレンスキーにしてみれば屈辱だろうが、トランプに詫びを入れてレアアースの採掘権を差し出し、アメリカの停戦案を受け入れるしかないだろうなあ。
Q あの口論を避けるためにはどうしたらよかったんすかね。
A ゼレンスキーが英語で会談をしたのが悪かったということだろうな。ウクライナの大統領なんだから、堂々とウクライナ語で発言し、通訳に訳させればよかったんだ。プロの通訳なら相手を怒らせない表現を使うことができたろうし、通訳させている間に、次に何を話すか冷静に判断できたはずなんだ。
Q ゼレンスキー大統領って、もともとはロシア語を話していたと聞いたんすが、本当すか?
A いまロシアが一部占領しているウクライナ東部には、ロシア語を話している人たちがいる。ソ連時代にロシアからウクライナに移住してきた人たちと、その子孫だ。東部出身のゼレンスキーもロシア語を話していたが、ウクライナ語を勉強して流暢に話せるようになった。同時に英語も勉強して会話に自信があったんだろうが、その自負が逆効果だったな。相手は国際社会の常識が通用しない人物だってことに気づかなかったのも一因だな。