池上彰のそこからですか!? 第655回 2025/03/29
三権分立を否定するトランプの「統一執行府論」
アメリカのドナルド・トランプ大統領が次々に打ち出す方針。フォローするのが大変な勢いですが、その一方で、裁判所によってストップもかけられています。ところがトランプ政権は、裁判所のストップの命令を無視して突き進んでいます。そこには「統一執行府論(とういつしっこうふろん)」という理論が背景にあるのです。
トランプ大統領は3月15日、「敵性外国人法」という法律を使って、アメリカ国内にいるベネズエラの犯罪組織のメンバーを、受け入れに合意した中米のエルサルバドルに追放すると発表しました。
まさか今頃になって「敵性外国人法」が使われるとはビックリです。この法律は、1798年に制定されたもので、戦争中もしくは外国からの侵略を受けた場合、敵国の出身者などを裁判所の手続きなしに拘束(こうそく)・国外追放できるというものです。
第二次世界大戦中、アメリカにいた日系人たちは、この法律で強制収容所に入れられました。日系人たちはアメリカ国籍を持っていたにもかかわらずです。その後、1988年になってロナルド・レーガン大統領は間違いだったとして強制収容された日系アメリカ人に公式に謝罪し、存命の人に限ってですが、1人2万ドルの賠償金が支払われました。
こんな経緯があったので、今回のことに驚いたのです。アメリカはベネズエラと戦争しているわけではありませんが、トランプ大統領は、ベネズエラのギャングによってアメリカが侵略を受けているから、この法律が適用できるというのです。
これに対し、首都ワシントンの連邦(れんぽう)地方裁判所は、法律が適用できる条件を満たしていない可能性があり、裁判所の最終的な判断が下るまで、これらの人たちの追放を一時的に差し止め、追放する人たちを移送している航空機があれば直ちに戻るように命じました。
また東部メリーランド州の連邦地裁は18日、イーロン・マスクと政府効率化省(DOGE)が国際開発庁(USAID)を解体していることについて「違憲の疑いが強い」として、暫定差し止めを命じました。
さらにワシントンの連邦地裁も同日、出生時の性別と性自認が異なるトランスジェンダーの米軍入隊を禁じたトランプ氏の大統領令を「性差別に当たり違憲の可能性が高い」と断じました。
〈これに対しトランプ氏はFOXテレビのインタビューで「ごろつき判事どもが米国を破壊している」と訴えた。同氏やマスク氏らの支持者は、政権の意に沿わない判事の弾劾を要求。判事が暴力的な脅迫を受ける被害も伝えられている〉(「時事通信」3月19日配信)
最高裁長官が異例の警告
自分の判断にブレーキをかける裁判所の判断に苛立っていることがわかります。トランプ大統領がSNSで「弾劾されるべきだ」と投稿すると、連邦最高裁判所のジョン・ロバーツ長官が異例の声明を発表しました。〈二世紀以上にわたり、司法判断に対する不服を理由に弾劾を行うことは適切な対応ではないということが確立されてきた。そのために、通常の上級審による審理プロセスが存在する〉というものです。
要は「不服があれば上訴すればいい」ということですね。この声明は名指しこそしていませんが、トランプ大統領の投稿を批判したことは明らかです。最高裁長官が公に(おおやけに)大統領に対する意見を表明するのは異例のことです。
ロバーツ長官は共和党のブッシュ大統領(息子)によって任命された保守派ですが、さすがに裁判官への攻撃は無視できないと考えたのでしょう。
保守派の最高裁長官まで怒らせるトランプ大統領の言動の背景には、「自分は国民の多数によって選ばれた大統領であり、裁判所などに妨害されるいわれはない」という考えがあります。
たとえば彼は先週のこのコラムで取り上げたように教育省を廃止しようとしていますが、そもそも議会で承認して設立された役所ですから、廃止に当たっても議会の承認が必要なはずなのですが、一切考慮しないで進めています。本来は議会がストップさせるべき動きですが、議会多数派の共和党議員たちは、トランプ大統領の判断に異議を唱えると、トランプ支持者から攻撃を受けるため沈黙を守っています。
民主主義社会では立法、司法、行政が相互にチェックしあう三権分立が重要なのですが、それを無視した行動です。
トランプ大統領の考え方は、国民の多数から選ばれた大統領(行政府)は、ほかの2つの権力に優越するというものです。これは「統一執行府論」あるいは「単一執行府論」と呼ばれる理論です。アメリカの憲法第2条「執行権は大統領に属する」という条文から「憲法は大統領に大幅な権限を与えている」と解釈する法理論です。
これは過去にレーガン大統領やブッシュ大統領(息子)の政権も主張して大統領権限を拡大してきました。「執行権」があれば何でもできるというものですが、トランプ政権は、それをさらに拡張しようとしているのです。
「裁判所の裁判官は国民の選挙で選ばれているわけではない。多数の国民から選挙で選ばれた大統領の自分こそが正統なのだ」というわけです。
これは一見正当であるように見えるかもしれませんが、だったら議会などいらない、裁判所は口を出すなということです。この延長線上に「独裁者」の姿が見えてきそうです。