池上彰のそこからですか!? 第651回 池上 彰 2025/03/01
コメ不足で備蓄米放出(びちくこめほうしゅつ)
Q このところのコメ不足は解消されるんすか?
A おや、コメのことにも関心があるのかな。
Q なに言ってるんすか。コメは日本の主食でしょうが。コメが猛烈に値上がりし、スーパーの棚から消えてしまったっす。
A 「令和の米騒動」なんて言われてるな。
Q 歴史の授業で習った「米騒動」を思い出します。
A 歴史の授業で習う「米騒動」は1918(大正7)年に起きた出来事だ。コメの値段が高くなり、生活に困った人たちが「コメを寄越せ」と各地で暴動を起こした。
これ以降、コメの値段が高くなったり、コメが手に入りにくくなったりすると、「米騒動」という表現が使われるようになったんだ。
Q ほかにもあったんすね。
A 特に1993(平成5)年に記録的な冷夏に見舞われてコメ不足が深刻になったときは「平成の米騒動」と呼ばれたんだ。
「平成の米騒動」のときは、政府がタイや中国からコメを緊急輸入しなければならなくなった。中国からのコメは日本で私たちがいつも食べているジャポニカ米だったけど、問題になったのはタイ米だった。
Q タイ米って、コメ粒が長いインディカ米というヤツっすよね。
A 世界各地で食べられている種類なんだけど、日本では馴染みのない人が多くて評判が悪かった。これはチャーハンにすると、結構いけるんだけどな。当時は「タイ米を美味しく食べるには」なんていうテレビの企画が生まれたほどだ。
そこで政府は、1995年からコメ不足に備えて「政府備蓄米」制度を始めたんだ。備蓄量は何回か変わったけれど、現在は100万トン。政府がコメ農家からコメを買い上げ、倉庫で玄米の形で保管している。精米してしまうと、時間が経つと味が落ちるけど、玄米のままなら味があまり落ちない。味を維持するためだったら、籾のままがいいんだが、それだと籾すりするときに大量の籾殻が出てしまう。そこで妥協策として玄米で保管しているんだ。
Q 備蓄しているコメはどれだけ保管するんすか?
A 政府は毎年20万トンずつ買い上げて、5年間保管する。5年が過ぎたら飼料用に売却している。今回は「21万トン足りない」と言われているので、それだけ売りに出す。
Q でも、まだ出回っていないじゃないすか。
A 売りに出すといっても、やみくもに売るわけにはいかない。税金で備蓄していたコメだから、売りに出すときは実績がある大手の業者による入札で売る先を決める。これに時間がかかるので、実際に出回るのは3月下旬になる見込みだ。
Q それにしても日本の主食のコメが高くて食べられないなんて、あまりにおかしいっすよね。どうしてなんすか?
コメも「投機商品」になった A そうだな。まずは戦後の日本のコメ事情を振り返ってみようか。
太平洋戦争で負けた日本は深刻な食糧不足になり、国を挙げてコメの増産に励むことになった。全国で新たに田んぼを作ったんだ。秋田県の八郎潟の干拓や長崎県の諫早湾の干拓事業などが有名だな。
農家がつくったコメは農協を通じて政府が買い上げる仕組みにしたので、農家は「コメが売れなくなる」という心配をしないでコメを増産できた。こうした努力の結果、コメが余り始めたんだ。あまり言われていないけど、戦後の農地改革も大きかったと思うんだ。
Q 農地改革って、大地主の土地を国が買い上げて小作農に分けたことっすよね。それがどうして?
A 土地が大地主のものだと、小作農がつくった農作物の多くは地主のものになる。勤労意欲が湧かないんだ。でも、自分の農地になれば、つくればつくるほど自分の収入になる。意欲が湧いて、コメの生産量が増えたんだ。
Q そのうちにみんなパンを食べるようになるし。
A そこにはアメリカの戦略もあった。小麦の生産量が増えた分を日本に売ろうと考えた。「パンを食べましょう」という一大キャンペーンを展開して小麦を売り込んだ。学校給食もパン食になったし。
Q そこで「減反政策」を採用せざるをえなくなったんすか。
A その通り。コメが余ったらコメの値段が下がり、農家の所得が減ってしまう。地方の自民党議員にとってコメ農家は大事な票田。コメの価格が下がらないように生産調整したんだな。1970年から「減反」政策を始めた。減反の「反」とは田んぼの面積の単位。約1000平方メートル。つまり「コメをつくらなければ補助金をあげます」というものだった。
しかし、減反政策は2018年に廃止になった。コメをつくらないとお金をあげるというのはおかしいというわけだ。その一方で、コメから麦や大豆、飼料用コメに転作すれば補助金を出すという仕組みが2011年ごろから始まっていた。
でも、農家の高齢化は進み、コメ作りを続ける農家は減少する一方。また、コメを以前は農協を通じて売っていた農家が多かったが、農協を通さずに自由に売れるようになったので、農家からコメを買った業者は、コメの値段が上がるまで自分の手元に置いておくようになった。コメの値段が上がり始めると、中には値上がりを期待して買い占めている業者もあるようで、コメが「投機商品」になってしまったんだな。
Q こんなときこそ備蓄米の出番でしょうが。
A そうなんだが、農水省は農家の方を向いているから、コメの値段を下げる備蓄米の放出に消極的だった。批判を受けて、ようやく重い腰を上げたんだ。
Q とにかく日本の主食を大事にしないといけないっす。