池上彰のそこからですか!? 第654回 2025/03/21 トランプ政権、教育省廃止へ ---- Q アメリカのトランプ政権が教育省の廃止に乗り出したそうっすね。アメリカの教育省って、日本でいえば文部科学省っすよね。それを廃止するって、どういうことっすか? A 日本の常識では理解できない行動だな。でも、アメリカでは長い間、共和党を中心に「教育省を廃止しろ」という声が出ていた。トランプ大統領は、選挙中に「教育省廃止」を公約に掲げていた。それを実行しようとしているんだ。  そのため、教育長官にリンダ・マクマホンという人物を指名し、共和党議員の多い上院で承認された。 Q ちょっと待ってくださいよ。教育省を廃止するのに長官を就任させるって、どういうことっすか。 A 廃止するのが彼女の任務だ。彼女はプロレス団体WWEの元CEOで、共和党の大口献金者でもある。 Q プロレス団体の責任者だった人が教育長官にと聞くと、意外な感じがするっすね。 A いや、いや。日本でも元プロレスラーの馳浩氏が文部科学大臣になっていたぞ。彼はPWFというアメリカのプロレスの王座認定組織の会長も務めていた。いまは石川県知事だけど。ちなみにもともと高校の国語の先生だった。 Q うーむ……。まあプロレスだからどうしたってわけじゃないっすからね。 A リンダ・マクマホン長官は、トランプ大統領から「教育省を廃止しろ」と命じられていることを明らかにしている。 Q 自分が失職するために頑張るというわけっすか。 A すでに3月11日には4133人いた職員を約半分の2183人まで減らすと発表している。 Q ドラスティックだなあ。日本だったら、人減らしするにしても、何年かかけて、退職者の後任を採用しないという形で減らすだろうに。  でも、どうして教育省を廃止したがるんすか。 A 教育に国家が口を出すべきではないという考え方からだ。子どもの教育は、まずは家庭が責任を持つべきもの。その上で各州が事情に応じて教育をすればいいというわけなんだ。教育に関する規制は徹底してなくしていくべきだと主張している。これは典型的なリバタリアン(自由至上主義者)の考え方だ。 Q そんな考え方があるんすね。 A 日本でも「教育の自由化」をめぐって大論争になったことがある。  1984年、中曽根総理大臣のもとで発足した臨時教育審議会(臨教審)だ。4つの部会に分かれて審議したんだが、第一部会には、天谷直弘氏や香山健一氏などいまから見れば名うての新自由主義者がいて、「教育の自由化」を推進した。その結果、教科書検定の簡素化や公立学校の選択自由化が進んだ。大学の新設が続いてきたのも、ここでの「大学設立をもっと簡素化しろ」という主張が通ったからだ。 Q さすがに文部省(現在の文科省)廃止まではなかったすよね。 多様性廃止の流れの一環に A いやあ、似たような議論はあったんだが、さすがに世論の支持はなかったな。 Q そもそも教育省の役割はなんなんすか? A アメリカでは公立学校の監督は州あるいは地方自治体が担当している。連邦政府の教育省としては、財政の豊かな州と貧しい州で教育に格差が出ないように連邦政府の資金で援助したり、身体障害者のための教育に資金を出したりしている。アメリカの連邦政府の役所の中では設立が遅くて、1979年に民主党のジミー・カーター大統領が設立したんだ。  当時も議会の共和党が設立に反対している。1980年の大統領選挙で当選した共和党のロナルド・レーガン大統領も選挙中の公約で教育省廃止を訴えたんだが、議会の承認が得られなかった。  そんなレーガン政権下の1983年に出た「危機に立つ国家」という報告書が全米を揺るがした。アメリカの生徒たちの学力が低下していて、これでは国際競争に勝てないと警鐘を鳴らすものだった。  実は、この報告書の調査方法自体に欠陥があったと後に批判されることになるんだけど、この報告書が出たことで教育省廃止どころではなくなった。このとき「日本の子どもたちの学力が高いのは、学習指導要領というのがあって、全国の子どもたちの学力を下支えしているからだ」という指摘があり、のちに日本を含む各国を参考にした「全国教育水準」が定められた。この基準に即した教育が各州で推奨されたんだ。 Q 日本の教育もお手本になったんすね。面はゆい。 A 学習指導要領によって、日本は全国どこへ行っても、教育の基本ができている。これは誇っていいことなんだ。 Q でも、そんな教育省を廃止しようとしているんすね。 A 特にトランプ大統領にとっては我慢できないところがある。最近の教育省が、教育現場での多様性を重視したり、人種的、性的マイノリティの子どもたちが教育現場で差別を受けないような取り組みをしたりしていることが我慢ならないんだな。アメリカでの差別の歴史やLGBTQについて教えないようにしたいんだ。こういうことを推進するのは「左翼だ」という主張だ。 Q これからアメリカの教育はどうなるんすかね。 A 連邦政府が教育に口を出せなくなるから、財政状態の弱い州の教育は貧しくなるだろうな。金のある家庭は子どもを私学に通わせることができるが、所得の低い家の子は貧弱な施設しかない公立学校に行くこととなって、ますます格差が拡大しそうだ。それから共和党が強い保守的な州では聖書教育に力を入れようとしている。「神様がアダムとイブをお造りになった。人間は男と女しかいないのだ」という主張を学校現場で徹底させることになりそうだ。