「機密情報」ないなら公開|池上彰 池上彰のそこからですか!? 第656回 2025/04/05

 トランプ大統領は、新政権の顔ぶれを、能力ではなく自身への忠誠心だけで選んだと指摘されていましたが、それが本当だったことが暴露されました。

 本来なら機密事項に関することなのに、バンス副大統領や国防長官、CIA長官など国家の安全保障に関わる幹部たち18人が、民間の通信アプリ「シグナル」を使って中東のフーシ派攻撃についての情報交換を行っていたのです。専用の通信ではなく、誰でも使える民間のアプリを使ってやりとりをしていたのですから、それだけで幹部失格です。

 アメリカCBSによると、国家安全保障局は2月、職員らに対し、「シグナル」のセキュリティー面での脆弱性を警告したばかりでした。

 これだけでもアウトなのですが、そのチャットグループに、誤ってニュース月刊誌「アトランティック」の編集長を入れていたのです。

 このやりとりが、当の雑誌編集長によってニュースにされると、トランプ政権は「機密情報は含まれていなかったから問題ない」と言い張りました。そこで雑誌編集長は、「機密でなければ公開しても構わないのだろう」と、やりとりのほとんど全文を公開してしまいました。

 実は雑誌の編集長は、当初は機密事項が含まれていると考え、詳しい内容を伏せていたのですが、トランプ政権が「機密ではない」と言い続けるので、暴露したのです。

 公開に当たって雑誌編集長は、「全文の公開を検討している」というメールをホワイトハウスや国防総省、CIAにも送り、確認を取ったそうですが、ホワイトハウスのカロリン・リービット報道官から「グループチャットでは機密情報は送信されていない」という返事があったそうです。そこで、チャットの中に出てきたCIA職員の名前だけ伏せて公開に踏み切ったのです。

 本来なら政権が間違いを認め、「機密情報が含まれているから公表しないでほしい」と頼めばよかったのですが、ミスを認めようとしなかったために、とんだ恥をかいてしまいました。

 最初にこのニュースを「アトランティック」が報じると、ピート・へグセス国防長官は「記事はウソだ」などと言い張ったのですが、その本人の発言こそがウソでした。

 こういうとき、プロであれば、「ウソだ」と言うと、後で自分の発言がウソであることがわかるリスクがあると考え、「記事がどういう意図で書かれたのか、その内容を慎重に探っている」とでも答えたでしょう。ここでも素人であることが露呈しました。

 へグセス国防長官は州兵の経験しかありませんが、トランプ大統領お気に入りのFOXニュースのキャスターだったことから国防長官に指名されました。指名後に過去に性的暴行の容疑で警察の捜査を受けていたことが明らかになり、議会で民主党が反対しましたが、トランプ与党の共和党が多数を占めていたこともあって、反対した共和党議員も3名いたものの承認されました。

副大統領の欧州への敵意も判明  またCIA長官も参加していながら民間の通信アプリを使うことのリスクに気づかなかったのですから、こちらも情報機関のトップ失格です。

 雑誌編集長をチャットグループに招待したのは、マイク・ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)でした。ウォルツ補佐官は間違って招待したことを認め、謝罪していますが、トランプ大統領は責任を取らせようとはしません。それはそうですよね。忠誠心で選んだ“愛ういヤツ”ですからね。でも、大失敗をしても責任を取らせないとなれば、いずれ別の人物が、また大失敗をすることでしょう。

 公開されたチャットのやりとりには緊迫した様子がうかがえます。

 2025年3月15日11時44分に「CENTCOM(アメリカ中央軍)にミッション開始の許可を確認した」「12時15分にF-18を出撃させる」などと具体的な攻撃の様子が投稿されています。

 さらに13時48分にウォルツ大統領補佐官が「副大統領、建物が崩壊し、複数の身元が判明しました。(中略)素晴らしい仕事だ」と投稿しています。さらに「最初のターゲット(ミサイル部門のトップ)がガールフレンドの家に入っていくのを確認した。その建物は崩壊した」と攻撃の成果を報告しています。

 これを読み解くと、アメリカのCIAの要員がフーシ派の幹部周辺に浸透し、幹部の行動を監視していたことがわかります。「機密はなかった」どころではありません。CIA職員の安全が危惧されます。

「機密情報はなかった」と言い張ったことによって、アメリカの情報活動の様子がフーシ派に筒抜けになったのです。

 さらに欧州諸国を驚かせる内容が含まれていました。バンス副大統領が、フーシ派を攻撃することについて、「大統領は、これが現在の欧州に関するメッセージと矛盾していることに気付いていないのではないか」と疑問を呈していたのです。

 イランの支援を受けるフーシ派は、スエズ運河を利用する船舶に対する攻撃を繰り返してきました。これではスエズ運河を安全に航行できないとして、バイデン政権はフーシ派を攻撃してきたのですが、バンス副大統領は反対だというのです。

 どうしてか。それは、スエズ運河はアメリカの貿易では3%しか利用しないが、欧州貿易では全体の4割を占めているので、航行の安全を確保すると「欧州を救済する」ことになるから嫌だというのです。これに対しヘグセス国防長官は「欧州のただ乗りを嫌う気持ちに完全に同意する」と返答していました。

 要はスエズ運河がどうなろうとアメリカには大して影響がないからフーシ派攻撃など嫌だというわけです。欧州諸国は、このやりとりを知ってショックを受けていますが、これにはイランが喜ぶでしょうね。