町山智浩の言霊USA 第705回 2024/01/12
Disqualified(資格なしと判断される)
今年11月に行われるアメリカ大統領選挙で、共和党の予備選の世論調査の支持率トップを走っているドナルド・トランプ前大統領が、コロラド州の最高裁に「大統領候補者の資格なし」と判断された。
その理由は、合衆国憲法(がっしゅうこくけんぽう)修正第14条第3項が「合衆国に対する反乱に参加した者」が上下院議員や政府や軍の役職に就くことを禁じているから。この条項(じょうこう)は南北戦争(なんぼくせんそう)直後に作られた。連邦政府に対して反乱を起こした南部の政治家を公職(こうしょく)から排除するために。
その南軍も攻め込めなかった連邦議会にトランプは侵攻した。2020年の大統領選挙で民主党のバイデン候補(こうほ)に敗北した結果を覆すため、現職の大統領だったトランプは翌年1月6日、憲政の殿堂である連邦議会に暴徒を乱入させたのだ。この件でトランプは既に昨年8月、首都ワシントンで連邦大陪審から共謀罪(きょうぼうざい)などで刑事起訴されている。有罪になれば最長で20年の禁錮刑(きんこけい)になる。
コロラドで候補者から排除されるとどうなるか。大統領選は、各州に割り当てられた「選挙人(せんきょじん)」数を争い、過半数の270以上取ったほうが勝ち。そしてコロラドは選挙人数10の接戦州。これを失うのは痛い。
だからトランプ側はコロラド最高裁の判決に対して「選挙妨害だ」と抗議している(てめえのことは棚に上げて……)。
さらにはこう反論している。「憲法14条第3項で就任が禁じられているのは“上下院議員と、軍と政府の役職”だけで、大統領は含まれていない」……この理屈は苦しい(くるしい)。だって大統領はどう考えても「政府の役職」だし、間違いなく米軍の最高司令官だよ!
トランプはワシントンで起訴された共謀罪については「任期中の大統領の公務は刑事起訴できない」という免責特権を盾に控訴(こうそ)している。しかし、議会に暴徒を乱入させるのが「公務」かね?
たしかに基本的に、大統領の犯罪を裁けるのは議会による弾劾(だんがい)だけなのだが、共和党が挙党(きょとう)で弾劾に反対票を投じたので許されてしまった。
今回のコロラドの件もトランプが控訴(こうそ)するのは確実で、つまり、この2つの件はどっちも連邦最高裁に委ねられる。トランプの反乱がやっと、ついに、とうとう裁かれるのだ。
ところが、最高裁の判事9人中6人が共和党。しかも3人はトランプによって任命された。トランプに有利な判定を下す可能性は高い。
なかでもクラレンス・トーマス判事の妻ジニーはゴリゴリのトランピストで、2020年の大統領選に負けた時は、トランプの補佐官やウィスコンシンやアリゾナの共和党議員にメールして、選挙結果をひっくり返してくれと懇願し、1月6日の反乱の時も襲撃を扇動する集会の現場にいたのだ。その夫がトランプの反乱を有罪にできるわけがない。
「民主主義において神聖なる選挙への侵害についての裁判は重要です。公平性に疑問のない判事だけに審理させるべきです」
民主党のリチャード・ブルーメンソール上院議員は最高裁長官のジョン・ロバーツ宛の公開書簡で、トーマス判事を外すよう要請した。
トーマス判事は黒人だが、黒人の権利に反対し続ける極右判事(きょくうはんじ)で、中絶の権利を憲法が守るとした最高裁判決をひっくり返したのに続いて、次には同性婚を合憲とした判決をひっくり返すと予告している。
だが、トーマス判事は汚職(おしょく)の証拠が次々に見つかっている。トーマス判事夫妻は、テキサスの不動産王ハーラン・クロウなどの共和党の大口寄付者から38回もバハマなど世界各地の高級リゾート旅行に招待されている。そのうち26回はプライベート・ジェット!
極右判事、しおらしい(charming; touching共和党候補者
トーマス判事は黒人のなかでも最貧困家庭に育った苦労人なので金にはうるさい。最高裁判事の給料を上げろと共和党を脅迫していたのも発覚した。2000年、トーマス判事の年収は17万3600ドルだったが、共和党のクリフ・スターンズ下院議員に対して「給料を上げなければ何人かの判事が辞める」と脅迫(きょうはく)する手紙を書いた。その手紙はスタンフォード大学所蔵の文書から発見され、昨年12月18日に調査報道機関のプロパブリカが報じ、ニューヨーク・タイムズに掲載された。当時、議会は共和党が支配し、大統領は共和党のブッシュだったので、すぐにトーマス判事の給料は上がった。ちなみに彼の現在の年収は28万5400ドル(約4000万円)。こんな人に公平な審理、期待できる?
憲法14条を理由にトランプの候補者資格の剥奪(はくだつ)を求める訴訟はコロラド以外にもあちこちの州で起きている。コロラドで訴えたのは一人の弁護士で、他の州でも原告は弁護士や市民団体が多い。だが、フロリダでは棄却された。直接の利害関係のない者は原告になれない、という理由で。
直接の利害関係があるのは、予備選でトランプと戦う共和党の大統領候補者たちだ。だが、彼らは訴えるどころか、全員が「トランプを候補者から排除するのは選挙妨害だ」としおらしいことを言っている。ニッキー・ヘイリーは「私は予備選で正々堂々、彼に勝ちます」……綺麗ごと言ってる場合かね。あんたら誰も支持率2割超えていないんだから、本気でトランプに勝つ気なら裁判でも何でも起こさないと!
まあ、トランプの草の根支持者たちは、今回のコロラドの件でさらに被害者意識を燃え上がらせ、莫大な(ばくだいな)額をトランプに寄付するだろう。結局、得する(えする)のはまたしてもトランプだけ?