町山智浩の言霊USA 第713回 2024/03/09

Welcome Home, Franklin(おかえり、フランクリン)

 何をやってもダメな小学生チャーリー・ブラウン、何をやらせてもカッコいい飼い犬スヌーピー、それに彼らの友達を描くマンガ『ピーナッツ』は、1950年に新聞連載が始まり、何度もアニメ化されてきた。その新作『おかえり、フランクリン』が先日、アップルTV+から世界配信された。これはピーナッツで初のアフリカ系キャラクター、フランクリンを主役にした初めての作品だ。

 フランクリンがチャーリー・ブラウンの住む町にやってくるところから始まる。彼の父親は軍人なので転勤が多く、引っ越しばかりでフランクリンには友達ができなかった。この町でも無理そうだった。フランクリンは、アイスクリーム屋さんの前に集まる近所の子どもたちを見てつぶやく。

「多様性が足りないね」

 どの子のアイスクリームもバニラで、みんな白人だったから。

 チャーリー・ブラウンの友達が白人ばかりなのは、原作者チャールズ・シュルツ(1922年生まれ)が育ったミネソタがそうだったから。シュルツはドイツ移民の孫で、まわりは北欧系移民ばかりだった。

『ピーナッツ』が全米で千の新聞に掲載され、数千万人の読者を持つ国民的マンガになっていた1968年4月15日、シュルツのもとにロサンジェルスに住む小学校の先生、ハリエット・グリックマンから一通の手紙が届いた。それは黒人の権利のために戦ったマーティン・ルーサー・キング牧師が何者かに暗殺されてから11日後だった。

「変化を起こしてほしいんです」

 手紙にはそう書かれていた。誰もが読んでいる『ピーナッツ』に黒人の子どもを出して欲しいと。

「黒人におもねっていると思われないだろうか」

 シュルツは返事を書き、二人の文通が始まった。

 4カ月後の7月31日、フランクリンが登場した。砂浜でチャーリー・ブラウンが、兄をバカにしている妹のサリーに投げ捨てられたビーチボールを、フランクリンが拾ってあげる。その出会いのシーンは、56年後のアニメ『おかえり、フランクリン』でもそのまま描かれている。

 フランクリン登場は論争を呼んだ。シュルツによると南部から来た手紙にはこう書かれていたという。「黒人を出すのは許そう。でも、学校の教室で白人と並んで席につく描写はやめてくれ」

 南北戦争後も南部では人種隔離政策が続き、白人と黒人の公立学校は分離されていた。1954年、連邦最高裁はそれを憲法違反とし、学校の統合が始まったが、白人の親たちは学校前にピケを張って黒人生徒の登校を妨害した。連邦政府は軍を出動させて登校する生徒を守ったが、白人たちは黒人のいない学校を求めて郊外に引っ越した。

 白人たちの嫌悪を気にしたシュルツは、ピーナッツの子どもたちがテーブルにつく場面で、フランクリンの隣に座る白人の子どもを描くことができなかった。フランクリンが一人寂しく座る絵は、また論議を呼んだ。

『おかえり、フランクリン』で、白人ばかりの町に越してきたフランクリンに友達はチャーリー以外になかなかできない。そんな時、ソープボックス・カー・レースが開かれる。もともと昔の洗濯用石鹸を入れた木製の箱を改造した子ども用の車のことだが、今は動力がなくて坂を下るだけの自作の車はみんなソープボックス・カーと呼ぶ。

 優勝者はピザ食べ放題ということで、子どもたちはみんなチームを組む。意地悪ルーシーは片思いしてるピアノ少年シュローダーと。男の子みたいなペパーミント・パティは相棒のメガネ少女マーシーと。

 でも、チャーリーはいつもドジばかりだから、組んでくれる子がいない。フランクリンは「僕と組もうよ!」と手を出し、チャーリーはそれをがっちり握る。チャーリーのいいところは差別しないところ。いつも不潔で泥んこで埃の煙をたなびかせている子、ピッグペン(豚小屋という意味!)の手だって握るよ。 アメリカ人は勝者が好き?

「フランクリンが出るのはうれしかったけど、全然セリフないんだよ!」

 黒人コメディアンのクリス・ロックはよく文句を言っていた。実際はセリフはあるんだけど、確かに少ない。出番も少ない。映画やドラマでは、多様性のアリバイのために登場させた、あまり重要でない黒人キャラクターを「トークン」と呼ぶ。フランクリンはよく「トークン」だと批判された。

 でも、『おかえり、フランクリン』のフランクリンは違う。ドラマの主役だ。

「アメリカ人は勝者が好きだから。レースに勝てば友達ができるはずだ」

 そう考えたフランクリンはものすごく真剣に車作りに取り組む。作りながら、チャーリーにいろんなブラック・カルチャーを教えてあげる。最初の大リーグ選手ジャッキー・ロビンソン、ジョン・コルトレーン、スティーヴィー・ワンダー、ジェームス・ブラウン……。『セックス・マシーン』はさすがに聴かせないけど。

 フランクリンはどうしても勝ちたいと焦ってチャーリーとケンカにもなるが、本番ではぶっちぎりでトップを独走。しかし、事故から他のみんなを救うために愛車を犠牲にして、結局、ビリになってしまう。

 そんなフランクリンをピーナッツのみんなは勝者よりも讃えた。フランクリンに初めて多くの友だちができた。「おかえり」は英語でWelcome home。迎えてくれる人がいる場所がホームなんだ。

 そしてフランクリンたちはみんな一緒にピザを食べた。隣同士に並んで。そのピザ、ピッグペンが手渡してくれたけど、お腹こわさないといいね!

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