町山智浩の言霊USA 第715回 2024/03/22
My ultimate and absolute revenge(私の究極(きゅうきょく)かつ絶対的な復讐)
3月5日(火曜日)は「スーパーチューズデイ」、共和党では全米15州で大統領予備選が行われ、ドナルド・トランプ前大統領が圧勝し、11月の本選でのバイデン大統領とのリターンマッチが確実になった。
現在、全米各州でトランプの支持率はバイデンを上回っており、このままだとトランプ再選は避けられない。
では、トランプは大統領に返り咲いたら何をするつもりなのか?
まずは復讐だ。
2月24日、メリーランド州で開かれた共和党右派の集会CPACでトランプは「私の究極かつ絶対的な復讐」について演説した。「アメリカ人にとって、11月5日(大統領選挙)は新たな解放の日となるだろう。私たちの政府を乗っ取った嘘つき、詐欺師たちにとって審判の日となるのだ!」
「政府を乗っ取った嘘つき」とは、2020年の大統領選挙でトランプに勝ったバイデン以外にいない。トランプは票を盗まれたという根拠のない主張をし続けているので、今回の大統領選に勝ったら、バイデンを選挙不正で逮捕しないと整合性がなくなる。
また、トランプは連邦議会襲撃を扇動した件など合計91の罪で刑事告訴されているが、ワシントンポスト紙によると、トランプは自分を起訴した司法担当官たちを刑事告訴する準備をしているという。つまり現司法長官のメリック・ガーランドや特別検察官ジャック・スミス、FBI長官クリストファー・レイ、マンハッタン地区検事のアルビン・ブラッグなどだ。
「敵は司法省とFBIを武器にして私を攻撃している」トランプは2月ニューハンプシャーの集会でそう演説した。
「私も大統領になれば、奴らに同じことをしてやる」
そのため、トランプは司法省やFBIを自分に忠実なメンバーに入れ替えるつもりだ。2020年10月にトランプは政権末期に公務員5万人をトランプ支持者と交換しようとしていた。それを今度こそ実行するのだ。
「政府機関に寄生するコミュニスト、マルキシスト、レイシスト、極左凶悪犯(きょくさきょうあくはん)を根絶するのだ!」
去年3月、ニューハンプシャーの集会でトランプは叫んだ。でも、政府に共産主義者がそんなにいるわけがない。彼の言う極左とはただのリベラルや民主党支持者で、彼の言う「レイシスト」とは「白人優位を批判する人」という意味である。
これはハッタリではない。公務員をトランプ信者に入れ替えるため、保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」は、既に「2025年大統領移行プロジェクト人材データベース」で履歴書を集めている。
しかし、そんな大粛清が法的に可能なの?
第一期のトランプは憲法違反の大統領令を連発した。イスラム教国からの入国を禁止し、アメリカで生活している不法滞在者を捜索して検挙して強制収容所に放り込み、メキシコとの国境を越えて入国する不法移民を「迎え撃つ」ために軍隊を派遣する……。そのたびに違憲とされて裁判所に阻止された。
だが、今度は違う。違憲審査をする連邦最高裁判所の判事9人のうち6人が共和党員で、そのうち3人がトランプの任命だから。司法を味方につけたトランプほど恐ろしいものはない。
トランプの復活を誰よりも恐れているのはウクライナだ。
ウクライナはロシアとの戦いで劣勢で、武器弾薬が不足している。だが、アメリカは追加支援していない。共和党のトランプ派が支援を拒否しているから。このままトランプが大統領になればウクライナ支援は打ち切られるかもしれない。
「私はウクライナの戦争を1日で止めてみせる」
トランプは繰り返し言っているが、それはウクライナを勝たせるという意味ではない。トランプの案は、ウクライナに国土の2割をロシアに譲り渡させることだ。
習近平をうらやましがり…
「トランプはプーチンと戦わないんだ」
ウクライナのゼレンスキー大統領は嘆いている。
プーチンは2016年の大統領選にサイバー介入した。民主党のメールをハッキングしたり、SNSでプロパガンダをしたり……それはアメリカの諜報機関が確認した事実だが、大統領になったトランプはプーチンを責めるどころか、彼と会見して握手して「素晴らしい男だ」と褒め称えた。まあ、選挙で自分を勝たせてくれたんだからね。
ロシアがウクライナに勝てば、EU(欧州連合)に危機が迫る。だが、トランプは「EUを助けに行かない」と言っている。EU高官ティエリー・ブルトン氏によると、トランプは2020年に「アメリカはNATOを離脱する」と語ったという。実際、トランプは2月のサウスカロライナ州の集会で「コストを払わないNATO加盟国には、ロシアの好きなようにさせてやる」と発言した。
ロシアだけじゃない。トランプは去年7月、台湾が半導体ビジネスを独占していると非難し、「中国から守りますか?」と聞かれて答えを拒否した。
トランプのアメリカ第一主義と孤立主義は、80年近く続いてきたパックス・アメリカーナを終わらせる。ならず者国家が好き勝手に他国を侵略し、独裁者が民主主義を踏みにじり、世界は無秩序なカオスに突入する。
「トランプの今回の任期はたった4年だから、少しの辛抱さ」という人もいる。しかし、共和党でトランプに抵抗するリズ・チェイニー議員はトランプが大統領の任期を延長する可能性を警告している。なにしろトランプは2018年に中国の習近平との会見で彼が終身主席になったのをうらやましがり、「私も試してみたい」と言っているのだから。