町山智浩の言霊USA 第717回 2024/04/06

You're trying to shame me(あなたは私に恥をかかせようとしています)by ナンシー・メイス議員

 選挙で勝つためなら、相手がカルトだろうと何だろうと、いくらでも妥協する議員がいる。日本の自民党の話じゃない。アメリカの共和党のことだ。

 2021年1月6日、トランプが扇動した暴徒に連邦議会を襲撃され、殺されそうになった共和党の議員たちは、トランプは議会制民主主義を暴力で踏みにじったと怒った。サウス・カロライナ州の下院議員ナンシー・メイス(46歳)もその一人で翌日、テレビのインタビューで議会襲撃を厳しく断罪(だんざい)した。「昨日、トランプ大統領の任期中の功績はすべて消え失せ(きえうせ)ました。彼を二度と大統領にしてはいけません」

 ナンシー・メイスは共和党には珍しく、女性の権利のために戦う議員だった。2019年、サウス・カロライナ州議会は妊娠6週間後の人工中絶を全面禁止する州法を制定しようとした。それに対して「レイプと近親相姦(きんしんそうかん)は除外すべき」と反対した女性共和党議員がナンシー・メイス。彼女は議会の演説で、自分が16歳の頃、レイプされた体験を語った。彼女の勇気ある告白によって、中絶禁止からレイプと近親相姦は除外された。

 ところが、そんなナンシー・メイスも議会襲撃からたった1週間で党の圧力に妥協した。トランプの弾劾(だんがい)に反対票を投じたのだ。ただ、党議拘束による苦渋(くじゅう)の決断だったようで、「でも、私は、議会襲撃は彼の責任だと確信します」と演説した。

 少しでも自分に逆らった者を忘れないのがトランプだ。翌2022年、ナンシー・メイスは共和党予備選で、サウス・カロライナ州の下院議員として2期目を目指した。すると2月9日、トランプは彼女の対立候補、ケイティー・アーリントンの支持を表明し、ナンシー・メイスを「まったくもってヒドい候補だ」と罵倒した。「彼女はRINO(Republican In Name Only)名前だけの共和党員)だ。忠実さが足りない」

 トランプ信者(しんじゃ)にあらざる者は共和党員にあらず――共和党はすっかりトランプ党になっていた。党員の過半数がトランプを支持しており、彼に逆らったら最後、もう選挙には勝てない!

 翌日、ナンシー・メイスは突然、フェイスブックで動画(どうが)を中継した。

「私はニューヨークのトランプタワーの前にいます。トランプさんに直接お会いして、私が彼の昔からの支持者であることを理解してもらいます」

 カノッサの屈辱!

 謝罪を聞き入れたのか、トランプはそれ以降、メイスを批判しなくなった。彼女は予備選に勝利した。

 下院議員に再選されたナンシー・メイスは最も忠実なトランピストになった。2023年6月、彼女はさまざまなメディアに登場してトランプを賞賛(しょうさん)した。政治WEBメディア「ポリティコ」の取材に対して「私はアメリカを救うためにトランプに対する矛(ほこ)を収めます」と語ったが、「矛を収めた」というより「軍門に降った(ぐんもんにくだった)」と言ったほうが正しいかもしれない。

 ナンシー・メイス議員の変節は痛々しいほどだった。今年3月、ABCテレビに出演した彼女は、司会のジョージ・ステファノプロスから質問された。自分がレイプの被害者なのに、どうしてレイプ犯であるトランプを支持するのか、と。

「陪審がトランプはレイプ犯だと判断し、裁判官もそれを認めたんですよ」

 1990年代、コラムニストのE・ジーン・キャロルさんはデパートの試着室でトランプにレイプされた。警察に訴えても億万長者であるトランプには勝てないとあきらめていたキャロルさんだが、2019年、トランプの大統領任期中に、レイプされた件を告白した。トランプは「それは嘘だ。彼女は私の趣味ではない」と否定。キャロルさんはトランプを名誉毀損(めいよきそん)で訴え、2023年に裁判で彼女は勝利した。

またしても訴えたトランプだが…

「それは民事裁判です。刑事裁判で有罪になったわけではありません」とメイス議員はトランプをかばった。

「しかし、裁判では『刑事事件にするには証拠が不十分でも、それでレイプが無かったわけではない』と判決されたんですよ」

「私がレイプされたことを告白するのがどれほど辛かったかわかりますか?」メイス議員は悲痛な声で訴えた。

「だれも中絶禁止法からレイプ被害者を守ってくれなかったから告白したんです。その私に恥をかかせるんですか?」

 恥をかかせたのはステファノプロスではなく、その彼女を屈服させたトランプだと思うけど。

「メイスさんは議会襲撃の後、『トランプは二度と大統領になるべきでない』と言いましたよね」

「有権者にとって議会襲撃は過去のものです。私は確かにあの選挙の結果を認定しました。でも、あれから状況は変わったんです。バイデン大統領は支持されてないんです」

「トランプは91の罪で刑事告訴(こくそ)されていますよ」

「でも、予備選で有権者はトランプを選びました。彼らは振り返りません。未来を見てるんです」

 メイス議員はある意味、正直だった。有権者がトランプを赦す(ゆるす)から、自分はどうしようもないのだと。

 このインタビューの放送後、トランプは自分をレイプ犯と呼んだステファノプロスを名誉毀損で訴えた。が、民事とはいえ判決が出ていることで、トランプに勝ち目はないだろう。

 トランプはもっと大きな事態に直面している。一族の企業の資産価値を過剰に偽って(いつわった)銀行から融資(ゆうし)を得た詐欺(さぎ)事件で2月に有罪になり、4億5000万ドルの罰金の支払いを命じられたのだが、3月25日までにその額を保証金として用意できないと、資産が差し押さえられるのだ。トランプ破産か? まあ、7度目だけどね(その後、保証金が大幅減額、支払い期日も延期された……)。

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