町山智浩の言霊USA 第724回 2024/06/01

The worst 90 seconds of my life.(人生最悪の90秒間)by ストーミー・ダニエルズ

ストーミー・ダニエルズ(Stormy Daniels, 1979年3月17日 - )は、アメリカ合衆国のポルノ女優、脚本家、映画監督。ルイジアナ州バトンルージュ出身。

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 アメリカではもう何週間も、トランプ前大統領の「ポルノ女優口封じ金(じょゆうくちふうじきん)」裁判が続いている。毎日毎日、テレビのニュースはこればっかりでもううんざり。

 2006年、人気ポルノ女優ストーミー・ダニエルズさん(当時27歳)が、不動産王ドナルド・トランプ(当時60歳)とセックスをした。その10年後の2016年、トランプは大統領選挙に立候補しており、彼の弁護士だったマイケル・コーエンがダニエルズさんに沈黙を保つよう命じて13万ドルを受け取らせた。そして、その支出について記録を改ざんした。それが選挙違反であるとして、ニューヨーク州の大陪審(だいばいしん)から起訴されたのだ。

 5月の第2週には証人(しょうにん)としてストーミー・ダニエルズさんが法廷に出て、トランプとの一夜の詳細(しょうさい)を語った。

 トランプはネヴァダ州の有名人ゴルフ・トーナメントに出場していた。そのホールのうちの一つをダニエルズさんが経営するポルノ映画会社がスポンサードしていた。2人は言葉を交わし、その夜、彼女はトランプが泊まるホテルの部屋に誘われた。

「テレビに出してもらえるかと思って」

 ダニエルズさんは言う。当時、トランプはNBCの人気番組『アプレンティス(見習い)』の主役兼プロデューサーだった。さまざまな業界の人たちが、トランプが出すビジネス課題に取り組むコンテスト番組。ダニエルズさんは人生のステップとして、その番組にどうしても出たかった。

 彼女はルイジアナの母子家庭に生まれ、電気が止められる日もあったほど貧しかったが、17歳でストリップダンサーを始め、そこから自己プロデュースを重ねて、ポルノ界の人気トップに駆け上がった。今度はポルノの外に出る時だ(Now it's time to get out of the porn.)。

 トランプの部屋に行くと、彼はサテン(satin)のパジャマを着ていた。

「奥さん、出産されたばかりですよね」とダニエルズさんが気をつかうと、トランプは「気にするなよ。うちはもう一緒に寝てないから」と肩をすくめ、「君はうちの娘のイヴァンカに似てるねえ」と口説いてきた。キモすぎ。

 ダニエルズさんがトイレから帰ってくると、トランプはベッドで下着姿になっていた。

「手足から血の気が引いていくのを感じて、私はブラックアウトしました」

 ブラックアウトは「気を失う」という意味だが、まあ、一瞬だろう。その後彼女は「ブラを付けたまま正常位でセックスしました」と証言しているので。トランプは避妊しなかった。

 ダニエルズさんはトランプから『アプレンティス』の仕事をもらえなかった。トランプからその後も誘われたが断った。口止め料はいったん受け取ったが、後で突き返して、2018年、彼女はトランプとの関係を公表した。

 トランプ側の弁護士はダニエルズさんに「あなたは仕事でセックスする人でしょう」みたいな失礼な質問ばかりしたが、彼女の証言の信用性を下げるため、心霊体験まで持ち出した。

「あなたは、自分の家には幽霊が出ると言ってましたね? その証拠は?」

「いえ、それは間違いで、変な音は、床下【ゆかした】に入り込んだオポッサム(opossum)のせいでした」

 ……こんなアホらしい裁判が毎日、報道されているわけよ。こないだまで大統領だった人だよ。トランプは既に女性コラムニストをデパートの試着室で性的暴行した件で、民事裁判で負けている。こんな男が今年の選挙でまた大統領になるかもしれないのだ。

 トランプの熱烈な支持者には圧倒的にキリスト教福音派が多い。彼らは、最高裁が中絶の権利を認めない判決を出したことでトランプを絶賛する。彼が保守的な判事3人を任命したおかげだから。次は同性婚が最高裁で禁じられるだろう。しかし、それほど性的に厳格なクリスチャンがなぜ、トランプみたいな男を支持するの?

「セックスの神」だって?

「保守クリスチャンは、トランプの性欲が強いほど、彼を本当の男だと賞賛するんです」

 政治メディア「ポリティコ」で、宗教社会学者のサミュエル・L・ペリー氏はそう解説した。彼は『欲望中毒/保守プロテスタントの生活の中のポルノ』という著書で、福音派キリスト教の性欲について論じている。

「旧約聖書には性欲の強い英雄が数多く登場します。たとえばユダヤのダビデ王」

 ダビデは家臣の妻の水浴(すいよく)を見て、その体が欲しくて、彼女を寝取るために、家臣を最前線に送り出して死なせた。「ソロモン王には千人の側室がいたし、戦士サムソンは売春宿通いが癖でした。性欲は男らしさ、強さの証なのです」

 ほんとかよ。いや、ほんとだった。実際そういう奴がいた。右翼テレビ局FOXニュースのトランピスト司会者グレッグ・ガットフェルドだ。

「トランプはセックスの神だよ!」

 ガットフェルドはダニエルズさんの証言を聞いてそう叫んだ。

「だって彼女、ブラックアウトしたんだよ。トランプのセックスに脳をやられたんだ!」

 いや、ブラックアウトはセックスする前だ。ちゃんと証言聞けよ!

 ダニエルズさんによるとトランプとのセックスは「人生最悪の90秒間でした」とのこと。90秒?

 これは英語で「ワム・バム・サンキュー・マム」という。Whamと入れたらすぐにBamと出ちゃって「ありがとさん」と終わってしまうセックスのこと。どこがセックスの神だっての!

 ちなみにこの裁判でトランプがもし負けても、初犯なので実刑になる可能性は少ないそうです。チャンチャン!