町山智浩の言霊USA 第727回 2024/06/22

PayPal Mafia(ペイパル・マフィア)

「有罪」「有罪」「有罪」……。

 5月30日、ドナルド・トランプのポルノ女優口止め事件の評決(ひょうけつ)が下された。法廷では起訴された34の罪状(ざいじょう)すべてに有罪評決が言い渡された。大統領経験者が刑事事件で有罪になるのは史上初。

 トランプは、2016年の大統領選挙出馬の際、過去に関係したポルノ女優(じょゆう)の口止め料について事業記録に虚偽(きょぎ)の内容を記載した。支払いを実行したトランプの弁護士マイケル・コーエン自身が証言した。

 今回の事業記録の偽造(ぎぞう)は隠蔽目的(いんぺいもくてき)であることから「重罪」。最長4年の刑期が科せられる。量刑はトランプが大統領候補(こうほ)として指名される7月の共和党大会の直前に宣告される。

 この裁判で「No one is above the law(誰もが法の下にある)」という法治国家(ほうちこっか)の原則が証明された。自民党議員の裏金が明らかになっても起訴されない日本とは違うね。

「本当の評決は11月5日だ」

 評決後、トランプは言った。つまり大統領選挙で国民が裁きを下すと。

 評決直後のYouGovの世論調査ではトランプ支持率は42%。評決前と変わっていない。

「トランプ氏の訴追(そつい)は、法律ではなく、悪意(あくい)ある政治的目的で推進されたのです!」

 6月3日、テネシー州のジョン・ローズ下院議員(59歳)は連邦議会で、トランプへの評決に抗議する演説をした。

「トランプ氏には免責特権(めんせきとっけん)があるべきです!」

 ローズ議員はゴリゴリのトランピスト。2020年の選挙には不正があったと主張し、2021年1月の議事堂襲撃でトランプ支持者から議会を守った警察官への名誉勲章授与(めいよくんしょうじゅよ)にも反対、襲撃事件の調査委員会設立にも反対した。そんなローズの必死のトランプ擁護(ようご)は、なぜか笑いで迎えられた。

 ローズ議員の後ろで小さな男の子が「ベー」とベロを出したり白目(しろめ)をむいたり、ずっと「変顔(へんがお)」で遊んでたから。

 それはローズ議員の息子ガイ君(6歳)。取材を受けたガイ君は「パパが何言ってるのかわかんなくて退屈だった」と答えた。自分の父親が浮気相手を金で黙らせたジジイをかばってるとわかったら幻滅したと思うよ。

 ローズのようなトランピストは有罪評決でかえって闘志(とうし)を燃やしたようで、評決後24時間でトランプは5280万ドルもの寄付(きふ)を集めた。

 そして6月6日、トランプは資金集めのパーティで、筆者の住むカリフォルニア州ベイエリアにもやって来た。

 チケットは最低5万ドル。ディナーつきだと1人30万ドル! まさかトランプ、前みたいにマクドナルドじゃないだろうけど。

 パーティは、サンフランシスコの高級住宅地パシフィック・ハイツにある「ビリオネアズ・ロウ(億万長者通り)」に建てた2000万ドルの豪邸で行われる。このイベントの主催者であるIT長者デヴィッド・サックス(52歳)の自宅だ。

 デヴィッド・サックスはネット支払いサービスPayPal(ペイパル)創業時のCOO(最高執行責任者)だった。COOは会社のナンバー2。ナンバー1のCEOはピーター・ティール(56歳)だった。彼らは「ペイパル・マフィア」と呼ばれる、共和党の大口寄付者(おおぐちきふしゃ)のIT長者グループのリーダーだ。

 サックスとティールの出会いは名門スタンフォード大学。ティールは1987年、保守的オピニオン紙「スタンフォード・レビュー」を創刊する。サックスはその編集長を引き継いだ。二人は紙面で大学のマイノリティや女性を保護する方針を批判し続けた。

 1996年、20代のティールとサックスは共著『多様性の神話(しんわ):キャンパスにおける多文化主義と政治的不寛容』を出版した。相変わらず差別的な内容で、特にデート・レイプを茶化した箇所が問題になった。

「女性はセックスの翌日、あるいは何日も経ってから、自分が『レイプされた』ことに『気づく』かもしれない。二人とも酒に酔ってセックスしたのなら、なぜ女性の同意だけが必要とされるのか? なぜいつも男性に責任が押し付けられるのか?」

イーロン・マスクも…

 20年後、IT長者となったサックスはこの記述について謝罪したが、たぶん全然反省してないね。民事裁判で性的暴行の事実を認定され、情事を金で隠そうとしたトランプに莫大な(ばくだいな)寄付をしているくらいだから。

 彼ら「ペイパル・マフィア」には、ペイパルの出資者でもあったイーロン・マスクも含まれる。マスクにツイッターを買収させたのはデヴィッド・サックスだった。2020年の大統領選挙の際、トランプはツイッターで「この選挙は不正だ」とデマを飛ばし、議事堂襲撃の際も扇動や支持をするようなツイートをしたことでアカウントを凍結されたが、ツイッターを買収したマスクはさっそくトランプの凍結を解除した。それもサックスの「指導」だったといわれる。

 サックスはただの寄付者ではなく政治運動家だ。彼は2022年、サンフランシスコの地方検事チェサ・ブーディンに対するリコール運動を主導した。サンフランシスコでホームレスや犯罪が増えた原因をブーディンの責任としたのだ。実際は高層オフィスと高級コンドミニアムばかりの街にして貧困層が住めなくなったことが原因なのだが、サックスはネットを駆使してリコール運動を展開し、ブーディンを解任に追い込んだ。

 ハーヴァード大学で黒人で女性のゲイ学長を辞職に追い込んだのも保守的寄付者によるボイコット運動だ。億万長者たちが金の力で政治や学問の場をもてあそんでいる。あ、トランプはそんな支配者気取りの金持ちどもの親分だったんだな。

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