町山智浩の言霊USA 第728回 町山 智浩 2024/06/29

Prodigal Son(放蕩息子(ほうとうむすこ))

 ドナルド・トランプが関係を持ったポルノ女優(じょゆう)に口止め料を払った件で元大統領として史上初の有罪評決を受けた翌々週、ジョー・バイデンの次男ハンター(54歳)が現職大統領の子として史上初の有罪評決を受けた。

 ハンター・バイデンはバイデン大統領の「放蕩息子」と呼ばれてきた。肩書は投資家だが、中国の投資会社やウクライナの天然ガス会社の役員として汚職疑惑(おしょくぎわく)があり、脱税でも捜査されており、ドラッグと女性スキャンダルもあったので、共和党からいつも攻撃されてきた。

 今回、ハンターは2018年に自分が麻薬中毒だった事実を隠して拳銃を購入した罪で有罪になった。

 法廷では、ハンターの麻薬依存について、彼の最初の妻、元恋人、それに義姉(兄の未亡人)が証言した。元恋人はストリップ・ダンサーで、義姉はハンターと不倫関係にあった。

 彼女たちが語るハンターとの生活はもう、メチャクチャだった。

 最初の妻キャサリン・ビュールさんは1993年にハンターと結婚し、子をもうけた後の2001年、夫の飲酒量に「怖くなった」という。

 依存症の理由は母が死んだトラウマだとハンターは言う。1972年、彼が2歳の時、3歳の兄と1歳の妹と共に母の運転する自動車が大型トレイラーと衝突。母と妹は死亡。兄ボーは全身骨折、ハンターは頭蓋骨を損傷した。

 傷を克服した長男ボーは優等生で、連邦検察官に成長した。2001年に9・11テロが起こり、志願して州軍に入ってイラク戦争に従軍。帰還してデラウェア州の司法長官に選出されたが、2015年、脳腫瘍で亡くなった。46歳だった。彼の他にも多くの米兵が米軍基地でゴミ焼却の煙を吸ってガンを発病しており、後年には被害者への補償法が成立している。

 ハンターも海軍の予備役に入ったが、尿検査でコカイン反応が出て除隊させられた。コカインにハマったのは、中国の投資会社の取締役として5年間で1100万ドルもの「あぶく銭(あぶくぜに、悪銭(あくせん)easy money)」をつかんでしまったせいだという。さらに尊敬する兄の死はハンターの薬物依存を悪化させた。

 当時の妻キャサリンさんは自宅でクラック・コカインを吸引するパイプを発見した。結婚してから24年の間にハンターは3回も依存症のリハビリ施設に入院し、5回浮気が発覚したがキャサリンさんは耐えた。しかし、ハンターの新しい浮気相手を知って、ついに離婚に踏み切った。相手が兄ボーの未亡人、つまり義姉のハリーさんだったから。

 二人は慰め合っているうちに男女の関係になった。それだけじゃない。ハンターはハリーさんにクラックを吸わせて、彼女も依存症になった。ハリーさんは当時を振り返って、「人生の最も恥ずべき時だったと後悔しています」と証言した。

 離婚されたハンターは、2017年、ストリップクラブに行き、ダンサーのゾーイ・ケスタンさんの「プライベート・ダンス(個室で客の膝の上で踊るサービス)」を買った。現在はランジェリー・デザイナーとして働くケスタンさんは法廷で「ハンターさんと会った時、自分は24歳で、彼の年齢の半分でした」と証言した。

 ハンターは彼女をホテルに誘ったが断られたので、携帯の番号を交換して別れた。1週間後、ケスタンさんは彼が前副大統領ジョー・バイデンの息子だと気づき、二人は再会して肉体関係になった。ハンターは彼女にもクラックを吸わせた。ケスタンさんは「彼は20分おきにクラックを吸っていました」と証言した。クラックの効き目は短いのだ。

 2018年10月、二人の関係は終わり、ハンターは数週間行方不明になった。検察によると、この時、彼はコルト・コブラ38口径を購入した。麻薬依存の事実は申告しなかった。したら売ってもらえないので。

有罪評決を受けた息子ハンターを…

 2018年10月23日、ハンターは義姉ハリーさんの家を訪れた。他に行く場所がなかったのだろう。

「彼は何日も風呂に入らず、車の中で寝ていたようでした」

 ハリーさんはハンターの自動車の中でクラック・パイプと拳銃を見つけた。ハンターがそれで自殺するか、誰かを傷つけることを恐れたハリーさんは、近くのスーパーマーケットのゴミ箱に拳銃を捨てた。その姿は監視カメラに撮影された。

「公共のゴミ箱に拳銃を捨てるなんて無責任だ!」とハンターは怒鳴った。さすがにハリーさんも愛想を尽かして彼を家から追い出した。

 以上の証言で、ハンターは麻薬中毒を隠して拳銃を買った事実が確認され、有罪になった。ただ初犯なのと拳銃を所持していた期間がわずか11日間なので実刑はないと思われる。

 ハンターの有罪評決について、あれほどハンターを攻撃していた共和党は沈黙している。彼らは銃器購入の際の麻薬中毒チェックは銃器所持の権利侵害だと反対しているからだ。

 トランプも黙っている。ハンターへの有罪評決は、「自分が口止め料で有罪になったのはバイデン政権が司法に介入したからだ」というトランプの主張を否定する事実だからだ。

 バイデン大統領はハンターの裁判に一切介入せず、有罪評決も受けとめ、恩赦もしないとコメントした。評決後、デラウェア州を訪れ、有罪評決を受けた息子ハンターを抱きしめた。

 新約聖書「ルカによる福音書」で、放蕩息子はこう言う。

「お父さん、私は天に対しても、あなたに対しても罪を犯しました。もう、あなたの息子と呼ばれる資格はありません」

 そんな息子を父は抱きしめた。

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