町山智浩の言霊USA 第730回 2024/07/13

You're the sucker, you're the loser.(バカなのは君で、負け犬も君だよ)

 民主党がパニックを起こしている。6月27日、CNNが主催する大統領選に向けた第1回テレビ討論が行われたが、今年82歳で史上最高齢の大統領になるジョー・バイデンの頼りなさが明確になった。

 最初の質問はアメリカ人を苦しめる経済問題。バイデンは苦しそうに、嗄れた(しわがれた)声を絞り出した。「トランプ政権末期の失業率は15%。でも、私は1万5000の新規雇用を創出(そうしゅつ) したのです」

 たった1万5000?

 本当は1500万。功績を3ケタも減らしてる!

 さらにバイデンは医療制度改善の成果を挙げた。「育児、高齢者介護、医療制度の強化を継続し、ついにメディケア(高齢者の医療補助)を打ち負かしました」

 打ち負かしちゃダメ! 実際はすべての国民をメディケアに加入させたのだが、彼の言い間違いにトランプは大喜びで乗っかった。「その通り! バイデンはメディケアを破壊した!」

 次の質問は中絶問題。連邦最高裁が中絶の権利を保障した最高裁判決を覆し、南部各州は人工中絶を全面禁止。保守派はアメリカ全体での中絶禁止を目指している。大統領はどうすべきか?

 この質問にトランプはストレートに答えず、「中絶の是非を各州に任せるのは国民誰もが望んでいたことだ」とウソをつき、さらにウソを重ねた。

「民主党が支配する州では妊娠8ヶ月目、9ヶ月目、あるいは出産後の赤ん坊を殺すことが認められている」

 んなバカな! でも、トランプの強く自信たっぷりの断定口調(くちょう)は、バイデンの弱々しい声に比べて、やたらと説得力があった。

 3つ目の質問は移民問題。バイデンの亡命受け入れ緩和で、メキシコとの国境に中南米から640万人もの難民が殺到した。

「私は法律を変えました」バイデンは確かに6月に難民申請の受け入れ数を1日2500人に制限した。「これで越境者は4割減りました。引き続き、国境警備隊と難民管理官を増員していきます」

 しかし、高齢で滑舌(かつぜつ)が衰えたバイデンは難民管理官(asylum officers)をうまく発音できず、そこをトランプは意地悪く突いてきた。「最後のとこ、何を言ったのかわかんないね。彼も分かっていないんじゃない?」

 そしていっきにまくしたてた。

「バイデンは、刑務所や精神科病院から出てきた連中、テロリストたちに国境を開いたんで、アメリカ人が殺されてる。私の政権時にテロリストは一人もアメリカ人を殺してない」

 難民に刑務所や精神科病院から出てきた者がいるという報道はない。また、バイデン政権下で国外から入ったテロリストによるテロは起こってないが、トランプ政権下の2019年にはサウジアラビアから入国したアルカイダのシンパがフロリダの米軍基地で米兵3人を殺害した。バイデンが指摘するとトランプは「私が3人殺したって? 私が殺したのはアルカイダのテロリストだ!」

 もう会話が成立してない。

「バイデン政権下で不法移民はニューヨークのホテルで暮らしてるのに、退役軍人は路上生活してる」トランプの言い方だと難民が接待されてるみたいだが、実際はテキサスの州知事が不法移民を厄介払い(やっかいばらい)するためにバスでニューヨークに送りつけたので、市が彼らをホテルに収容しただけ。

 軍人を引き合いに出したトランプにバイデンは憤慨。「トランプは戦没者を『負け犬(まけいぬ)とバカ』呼ばわりした。私の息子もイラクに従軍して、その後亡くなりましたが、負け犬でもバカでもない。バカなのは君で、負け犬も君だよ」

「私は『バカと負け犬』なんて言ってない! あれは落ち目の三流雑誌のでっち上げだ!」

堂々とした嘘つき

 トランプが「三流雑誌」と呼んだのは1857年創刊の名門誌「アトランティック」。記事によると2018年にトランプは、第一次世界大戦で戦死したアメリカ海兵隊1800人が眠るフランスの戦没者墓地について「(戦死したのは)バカと負け犬ばかりだから」と側近に漏らした。トランプの首席補佐官だったジョン・ケリー元海兵隊大将も証言している。

 イスラエル・ハマス問題で、トランプは「イスラエルにハマスを殲滅させるべきだ」と本音をぶちまけた。「バイデンは嫌だろうな。パレスチナ人みたいになっちまったから。でも、彼らはバイデンが嫌いだ。彼は悪いパレスチナ人。弱虫だから」

 言ってることが支離滅裂(しりめつれつ)。ここでCNNは決定的な質問をぶつけた。2020年の大統領選挙に負けたトランプは、彼の副大統領が選挙結果を認定するのを妨害するため、支援者に連邦議会を襲撃させた。さて、今年の選挙の結果がどうであれ、それを受け入れますか?

「選挙が公正に行われればね」

 トランプは明確に「受け入れる」とは言わなかった。質問者が3回問い直したが答えを拒否。

「トランプは彼自身の副大統領を襲撃させました」バイデンは言った。「トランプの元閣僚44人のうち40人が彼の支持を拒否したのはなぜか考えてみてください」

 討論会後のファクトチェックでトランプは30もの嘘を言ったことが確認された。しかし、そこまでチェックする人は少ない。CNNが行った視聴者アンケートでは6割がトランプを勝利者とした。たしかにバイデンは年齢のことを言われ、自分のゴルフのスコアを自慢して「子どもかよ」とトランプに突っ込まれたりもしたが、嘘は言わなかった。でも、人は、嘘やハッタリでも堂々としているほうを信じてしまう。日本でもそうでしょ?

 討論会後、民主党はあわてて、トランプとやりあえるピンチヒッターを探し始めたという。大統領候補を指名する民主党大会まで2ヶ月を切ってるのに。