町山智浩の言霊USA 第733回 2024/08/03
“We Become Totally Unhinged”(トランプが負けたら、我々は何をするかわからない)by ウェスト・ヴァージニア州知事ジム・ジャスティス
7月13日、ペンシルヴェニア州の支持者集会に登壇したトランプが銃撃された。8発(はっぱつ)が発射され、1発はトランプの右耳(みぎみみ)を掠めた(かすめた)。流れ弾は聴衆3人に当たり、1人が死亡。犯人(はんにん)は150メートル離れた倉庫(そうこ)の屋根からAR15ライフルで狙撃(そげ)した。シークレットサービスがすぐに撃ち返して射殺した。
伏せていたトランプは護衛官に囲まれて立ち上がり、右耳から血を流しながら頭上をはためく星条旗をバックにガッツポーズした。それをAP通信のカメラマン、エヴァン・ヴッチが撮影した写真は「銃撃にもひるまない英雄」の姿として完璧だった。その写真を(勝手に)使ったTシャツがすぐに売り出された。その写真をプリントしたスニーカーも299ドルで発売された。トランプの会社から。
弾丸があと4分の1インチずれていたらトランプは死んでいた。
「神の御加護(ごかご)としか考えられない」
トランプはSNSにそう書いた。トランプ自身は人生で一度も信心深かったことはないが、トランプ支持者はキリスト教保守が多いので「彼は神に選ばれた救世主だ」と熱狂した。
共和党は銃撃を煽ったのはバイデン大統領だと一斉に非難した。彼は銃撃の5日前、「トランプを標的に据えるべきだ」と語ったからだ。
マイク・コリンズ下院議員(ジョージア州)は「バイデンが狙撃手に命じたのだ」とさえ言った。
マージョリー・テイラー・グリーン下院議員(ジョージア州)は「邪悪(じゃあく)な民主党がトランプ大統領を暗殺しようとしました!」とXに投稿(とうこう)した。
「私たちは善と悪の戦いの中にいます! 民主党は小児性愛者(しょうにせいあいしゃ)の党であり、罪のない胎児を殺害し、暴力を振るい、血みどろで無意味な果てしない戦争をしているんです!」
でも、犯人のトーマス・マシュー・クルックス(20歳)は共和党員で、トランプ支持者だった。それがどうしてトランプを撃とうとしたのかわからないが、少なくともバイデンや民主党のせいではありえない。そもそも、乱射事件がいくら起こっても決して銃を規制せずに野放しにしてきたのはトランプと共和党だし、大統領選挙に暴力を持ち込んだのもトランプだ。
トランプは2016年の出馬時から演説中にヤジが飛ぶと「そいつをブン殴れ! 弁護士費用は払ってやる!」と言って支持者をけしかけた。大統領になると、自分に反論したミシガン州知事グレッチェン・ホイットマーを「あの女」と呼んで敵認定し、支持者たちがホイットマー知事を拉致して殺そうとした(FBIに阻止された)。大統領選で再選を阻止されると、2021年に支持者を扇動して連邦議会を襲撃させ、攻防戦のなかで警備の警察官1人と襲撃者1人が死亡。その後、警察官4人がPTSD(post-traumatic stress disorder)で自殺した。
にもかかわらず、銃撃の2日後にウィスコンシンで始まった共和党大会で、トランプ支持者はすっかり被害者気取りで、トランプに肖って(あやかって右耳)にガーゼをつける者も多かった。
共和党大会は移民排斥(はいせき)をテーマにしていた。副大統領候補に指名されたJ・D・ヴァンスは、移民が増えてインド系の首相まで生まれたイギリスについて「イスラム教国家になるかも」と揶揄(やゆ)した。実はヴァンスの妻もヒンズー教徒のインド移民二世なんだけど。
テッド・クルーズ上院議員(テキサス州)も、「バイデンがメキシコとの国境を閉鎖しないから、中南米からの不法移民によってアメリカ人が毎日、殺され、レイプされている」と脅かしたが、クルーズ自身もキューバ移民二世だし、テキサス州では不法移民による殺人事件の有罪判決率はアメリカ生まれの市民よりも26%低い。それにレイプといえば、トランプは民事裁判で性的暴行をしたと認定されている。
大統領になったら「報復する」
でも、議会襲撃もレイプも、あの銃撃とガッツポーズで全部吹っ飛んでしまった。1992年の映画『ボブ★ロバーツ/陰謀が生んだ英雄』を思い出した。監督・主演のティム・ロビンス扮する上院議員候補ロバーツはスキャンダルがバレそうになると暗殺未遂をでっち上げて英雄になってしまう。
『ボブ★ロバーツ』には『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラックも出演している。彼はロック・シンガーでもあり、テネイシャスDというお笑いデュオを組んでいる。トランプが撃たれた翌日、オーストラリア・ツアー中だった彼はシドニーのステージでギタリストのカイル・ガスの64歳の誕生日を祝った。「プレゼントに何が欲しい?」とブラックに聞かれたガスはこう答えた。
「今度はトランプに命中して欲しい」
このジョークは大爆発炎上して、2人は謝罪、ツアーは中止。
トランプはこの勢いで選挙に勝つのか? もし再び大統領になったらトランプは自分の敵に「報復する」と公言している。政府から敵対者を一掃して独裁体制を固めると。任期も延長するだろう。憲法違反? 最高裁も判事9人中6人がトランプ派だから大丈夫。何でも許されるアメリカの王になるかもしれない。
それは絶対に阻止しなくては。やっとバイデンが大統領選からの撤退を宣言した。カマラ・ハリス副大統領が立候補し、民主党は今から攻勢に転じることができるか?
でも、もし選挙で民主党が勝っても問題は解決しない。共和党大会でウェスト・ヴァージニア州知事ジム・ジャスティスは「トランプが負けたら我々はunhingedになる」と演説した。unhinged とはhinge(蝶番)が壊れた状態、つまり何をするかわからないぞ、と。やっぱり暴力で脅してるじゃん!