町山智浩の言霊USA 第737回 2024/09/07

トランプは強がる弱虫、大物ぶった小物

Trump is a weak man pretending to be strong, a small man pretending to be big. byアダム・キンジンガー下院議員

 カマラメンタム、といっても軟膏(なんこう)じゃなくて、カマラ+モメンタム、つまりカマラ・ハリス大統領候補の勢いがそう呼ばれている。出馬表明以来、支持率は伸び続け、接戦州の大半で既にトランプを超え(こえ)、共和党の牙城(がじょう、Stronghold)テキサス州でもトランプに迫っている。

 彼女を正式に大統領候補として指名する民主党全国大会が8月19日からシカゴで開かれた。「後戻りしない」「前進」をテーマにした、まったく新しい大会だった。

 まず異例だったのはロール・コール。州ごとに候補者を読み上げる定例の手続きだが、DJが各州のご当地ソングを次々とかける。ミネソタならミネアポリスで生まれ育ったプリンスの「キッス」、カンザスならそのものズバリのプログレ・バンド、カンサスの「伝承」を。みんな歌ったり踊ったりノリノリ。7月の共和党全国大会の葬式のようなロール・コールとは正反対だ。そして接戦州ジョージア州の番では同州出身のラッパー、リル・ジョンがサプライズで登場、聴衆と「後戻りはしないぜ!」と合唱(がっしょう)した。

 次に画期的だったのは共和党関係者が毎日登壇(とうだん)したこと。トランプが2021年1月6日、信者(しんじゃ)たちに連邦議会を襲撃させた時、共和党の議員たちも一緒に殺されかけたが、その後トランプ弾劾(だんがい)に参加した共和党員たちは粛清され、党を追われた。そんな人々が招待されたのだ。

「共和党は北朝鮮のようにトランプ個人崇拝党(すうはいとう)になってしまった」

 そう嘆いた(なげいた)アダム・キンジンガー下院議員も共和党を追い出され、民主党大会で演説した一人。

「トランプは強がっている弱虫です。大物(おおもの)ぶった小物(こもの)です。信心深さ(しんじんぶかさ)を装った(よそった)無信仰(むしんこう)の男です。被害者ぶった加害者です。彼の根本的な(こんぽんてきな)弱さは共和党を脆弱(ぜいじゃく)にしました」

 キンジンガーが「弱さ」を強調したのは、それがトランプと共和党を最も傷つける言葉だから。実際、7月の党大会ではハルク・ホーガン(71歳)がTシャツを引き裂いてマッチョをアピールした。80年代かよ!

 民主党大会の三つ目の新しさは200人のネット・インフルエンサー、それもZ世代の若者たちを招いたこと。

 たとえば14万人のフォロワーを持つTikToker、デジャ・フォックス(24歳)は壇上(だんじょう)でフィリピン移民のシングルマザーに育てられた経歴とZ世代にとっての希望を語り、TikTokで1000万人のフォロワーを持つウルグアイ出身のカルロス・エデュアルド・エスピナ(25歳)は移民を犯罪者扱いするトランプに反論し、「移民を支持することはアメリカを支持することです!」と訴えた。

 共和党大会も40人のインフルエンサーを招いたが、彼らは保守的政治アカウントばかりだった。しかし、民主党は民主党支持者に限らず、ランダムに200人を招待した。たとえばジェレミー・ヤコボヴィッツは80万人のフォロワーを持つが、政治と無関係な食レポYouTuber。民主党としては、誰でもいいからとにかく拡散してくれる人が必要だったのだ。なぜなら、今のアメリカの若者はテレビは観ないし、そもそもテレビを持ってないし、新聞や雑誌も読まないから。

 なかでも面白いのは、ウチの娘に教えてもらったTikTokerのグラント&アッシュ。20代前半のゲイ青年と赤毛(あかげ)女性のコンビ歌手で、ふざけたコミックソングで中高生に人気。民主党大会に呼ばれても終始ふざけっぱなし。たとえば2人は「FOXニュース・チャンネルの放送席からピンポンピンポン変な音がするよ!」と騒ぐ。FOXはトランプべったりの保守系テレビ局。「変な音」というのは、ゲイのマッチング・アプリ「Grindr(グラインダー)」の通知音。

 これがどうして面白いかというと、7月の共和党大会の最中、グラインダーが大量のアクセスでクラッシュしたという話があるからだ。共和党はLGBTの権利に反対しながら実際は党大会がハッテン場(発展場)と化していたわけ!

男性間性交渉者間でも恋愛関係を経て性交した場合は「ハッテン」とは呼ばず、ゆきずりの性行為(即ヤリ)をすることを「ハッテン」と言う

脅迫というか呪文というか…

 大会2日目、オバマ元大統領夫妻が登場。いつも温和なミシェルさんが「トランプが夫のことを『ケニア生まれだから大統領の資格がない』とデマで傷つけたことは忘れません」と怒り(いかり)を吐露(とろ)して、こう言った。「黒人の仕事を移民に与えるな!と言ってるトランプが黒人の仕事を奪おうとしたのです」つまり、オバマとカマラの大統領の仕事を意味している。

 最終日(さいしゅうび)はカマラ・ハリスの指名受諾演説(じゅたくえんぜつ)。

「トランプはUnserious(不真面目)な男ですが、彼が再び政権を取ることはSerious(深刻)な問題です」

 ハリスはユーモアを交えながら、「生活必需品(ひつじゅひん)の値上げ禁止」などの中産階級のための経済政策を提示し(ていじし)、前進を強調した。何よりも彼女は終始笑顔(えがお)を忘れず、その声は明るさと希望と自信に満ちて堂々(どうどう)としていた。

 これと比べると、共和党大会のトランプの演説(えんぜつ)は暗かった。演説というより脅迫とか呪文(じゅもん)のように「移民が人を殺してる」「国を乗っ取られるぞ」「民主党が政権を取ったら共産主義になるぞ」「第3次世界大戦が起こるぞ」と恐ろしげなデマをブツブツうなりながら客席を睨みつけた。

 ニールセンの調査によればカマラ・ハリスの演説は全米で2890万人が視聴してトランプのそれを上回った。

 さて、そのカマラ・ハリスの演説を中継していたFOXニュースの記者席にトランプが直接電話をかけてきた。何度キャスターに制止されても「カマラは何も成果を挙げていない。私のほうが成果を挙げた」などと支離滅裂(しりめつれつ)なことをうわごとのように叫び続けた。さすが、「弱い小物」!