町山智浩の言霊USA 第744回 2024/10/26
No matter how beaten you are, you claim victory and never admit defeat. どんなにひどく叩きのめされても勝ったと言い張れ。負けを認めるな)byロイ・コーン
アメリカ大統領選投票日まで1カ月を切った10月11日、ドナルド・トランプ前大統領の伝記映画『アプレンティス(Apprentice):ドナルド・トランプの創り方』が全米公開された。トランプの弁護団は公開を阻止(そし)しようとしたが、止められなかった。
『アプレンティス』とは「弟子」のこと。トランプは大統領選に出馬する前、NBCテレビの『アプレンティス』という番組に出演していた。ビジネスマンたちが「道端でレモネードを売る」などの課題に挑戦し、最後まで勝ち抜いた者がトランプに「弟子」として雇われる、という番組だった。
映画『アプレンティス』は青二才だったトランプがロイ・コーンという弁護士の弟子となった1973年から、不動産王に成り上がった1986年までを描いている。当時のビデオの画質を模した映像で、まるでドキュメンタリーのようだ。
最初、27歳のドナルド・トランプは父の下で働いている。父フレッドはニューヨークの下町ブルックリンで低所得者向けのアパートを建設、経営して財を成した。トランプはそのアパートの借主から家賃を徴収させられていた。そのアパートへの黒人の入居を拒否したことで父の会社が訴えられる。フレッドは差別的な人間だった。トランプは弁護士ロイ・コーンに弁護を依頼する。
彼はローゼンバーグ事件で悪名を馳せた。陸軍の研究所に勤務していたジュリアス・ローゼンバーグは1950年、ソ連に原爆の機密を渡したとして逮捕・起訴され、死刑判決を受けた。なぜか妻エセルもスパイ活動をしていたとして死刑判決を受けた。世界中が反対するなか、夫妻は電気椅子で処刑された。残された二人の幼い息子は成長したのち母は冤罪だったと主張し続けた。このローゼンバーグ夫妻への死刑を求刑した検事が当時まだ24歳のロイ・コーンだった。
この件でコーンは反共主義者(はんきょうしゅぎしゃ)のお気に入りとなり、ジョセフ・マッカーシー上院議員に弁護士として雇われて共産主義者の摘発、いわゆる「赤狩り(あかがり)」に参加する。この時コーンは、同性愛者として手柄を立てた。当時、ソ連はアメリカ政府職員の同性愛者を見つけて、脅迫することでスパイにしていた(とマッカーシーは主張する)。当時のアメリカで同性愛は許されなかった。コーンは同性愛者としてのネットワークを利用して政府内の同性愛者を摘発して追及した。
自分がゲイなのにゲイを弾圧した卑劣なロイ・コーンは若きトランプに「ロイ・コーンの戦法」を伝授する。
「戦法その1。攻撃アタツク、攻撃、攻撃。けっして防御するな」
コーンは、トランプの父を人種差別で訴えた原告側を反訴した。裁判ではいくら批判されてもそれにいちいち反論せず、ただ否定して相手を攻撃する。
「戦法その2。何を言われてもすべて否定しろ」
それが事実かどうかは関係ない、とコーンは言う。この世に事実なんてない、事実は人の数だけある、だから自分に都合のいい事実をデッチ上げればいい、と。
「戦法その3。いくら負けても勝利を主張しろ。絶対に敗北を認めるな」
コーンは負け知らずだ。なぜなら負けを認めないからだ。たとえ負けても本当はこっちの勝ちだと言い続ければいい。
こうしてコーンはトランプの裁判を和解に持ち込み、コーンとトランプの師弟関係が始まった。
次にトランプはニューヨークのグランド・セントラル・ステーションの向かいに建つ廃墟となったホテルを買い取って、改修する計画を立てる。父から借りた資金で。当時、ニューヨーク市は犯罪の巣窟(そうくつ)となり、その土地も荒廃して価格は安かった。さらに地域開発として公共性があるとされて固定資産税も免除。もちろん裏でコーンが動いたからだ。
レイプ、覚せい剤、頭皮手術(とうひしゅじゅつ)…
このホテル買い取りの後、トランプはコーンの教えを実行しながら「不動産王」となっていく。トランプ役はセバスチャン・スタン。マーベル映画でキャプテン・アメリカの相棒バッキーを演じたハンサムだ。スタン演じるトランプは27歳からの13年間で少しずつ、誰もが知ってるあのトランプに変貌していく。
コーン役は、メディア王ルパート・マードックをモデルにしたドラマ『メディア王〜華麗なる一族〜』でメディア王の息子を演じたジェレミー・ストロング。ここではコーンの冷血さの裏の孤独を見事に演じている。
監督のアリ・アッバシはイラン系デンマーク人。前作『聖地には蜘蛛(くも)が巣(す)を張る』ではイランで娼婦16人を惨殺した連続殺人犯が女性嫌悪の男たちのカリスマに祭り上げられた実話を、おぞましいほど直接的に描いたが、この『アプレンティス』でも描写がキツい。トランプがレイプしたり、覚せい剤を服用したり、ハゲを隠すための頭皮手術までモロに見せる。
トランプの成功の陰で師匠コーンはエイズによる合併症(がっぺいしょう)で1986年に死亡する。汚い手口(てぐち)のために弁護士資格を剥奪(はくだつ)されて無一文(むいちぶん)となり、手元に残ったのはトランプが贈ったダイヤモンドのカフスボタンだけだったという。実は人造(じんぞう)ダイヤの安物だったが。ケチ!
トランプは政治家に転身してからもコーンの教えを守り続けている。政敵を徹底的に攻撃し、そのためにはウソも辞さない。間違いを指摘されても決して訂正しない。そして2020年の選挙で負けた時も敗北を認めず、支持者に議会を襲撃させ、警官を死に至らしめて、今も謝罪してない。
しかし、こういう映画を観ていつも思う。なんで日本では作られないのか。政治家のマネをするコメディアン(comedian)すらいなくなった。つまんねえ国!