町山智浩の言霊USA 第756回 2025/02/01
He wanted to protect an essentially worthless fish called a smelt.(彼はワカサギとかいう無価値な魚を守ろうとしている)byトランプ次期大統領(当時)
1月7日から広がったロサンジェルス大火災(だいかさい)は、海岸沿いの高級住宅地パシフィック・パリセーズをほとんど焼き尽くし、メル・ギブソン、ジェフ・ブリッジス、ビリー・クリスタル、パリス・ヒルトンなどハリウッドのセレブの豪邸(ごうてい)を焼失させ、歴史に残る大火(たいか)となった。
これに大喜びしてるのは、トランプ次期大統領(当時)と彼の取り巻き。ロサンジェルス市の2024年の大統領選挙でのトランプの得票率はわずか31.9%だった。それにカリフォルニア州知事のギャヴィン・ニューサム(Gavin Newsom)は4年後の大統領選で民主党の候補としてトランプに立ち向かう可能性が最も高い。
SNSでハリウッド・サインが火に包まれたAI画像(実際は燃えてない)が拡散される中、トランプは「Newscum(Newsomとcumからなる造語。cumは詐欺、という意味)は辞任すべきだ」と投稿した。トランプによると消火用の水が不足したのは、ニューサム知事が、「カリフォルニア北部の雪解け水が流れ込むことを可能にする水資源回復宣言に署名することを拒否した」からだという。「(ニューサムは)ワカサギなんて無価値な魚を守るために」ロサンジェルスに水を回さないのだと。
だが、トランプがいう「水資源回復宣言」などというものは存在しない。
トランプが言いたいのは、筆者が住んでいるベイエリア周辺のいわゆる「ベイ・デルタ」地域のことだと思われる。そこはサクラメント川やサン・ホアキン川など水源が豊富(ほうふ)で、デルタ・スメルトという絶滅危惧種のワカサギを守るため水資源利用が規制されている。
ただ、ここはロサンジェルスの北、500キロ超も離れている。つまりトランプは東京の火事を消すために盛岡から水を回せと言ってるようなものなのだ。
火災を利用したトランピストのデマはとめどなく延焼している。X(旧ツイッター)のオーナーであり、トランプのパトロン、イーロン・マスクが2億超のフォロワーに向かってデマを拡散し続けているからだ。
たとえば「火災が広がったのはロサンジェルス市が消防の予算を2300万ドル削減したから」というデマも拡がっている。実際は前年比5000万ドル以上を増額している。
消火栓用の水の備蓄や貯水池が空だった、というデマもある。これも実際は満タンだった。だが、火災があまりに巨大すぎた。一つの家の火災を消すのに必要な水は1分間に約3500リットル。そんな火災が5000軒以上で発生したので、満タンの水はいっきに枯渇した。
昨年のハリケーンの際同様に、バイデン政権が米連邦緊急事態管理庁(FEMA)の予算を不法移民の支援に回した、というデマも飛び交っているが、そもそも違う予算枠なので回せない。実際はFEMAの予算を減らしたのは第一次トランプ政権だ。
もっとひどい言いがかりは、イーロンがまき散らした「彼ら(ロサンジェルスの市政や消防署)は命や家を救うことよりもDEIを優先した」というもの。DEI(多様性、公平性、包括性)とは、女性やLGBTQなどのマイノリティを雇用などにおいて差別しないこと。つまり、ロサンジェルス市が女性でレズビアンだという理由だけでクリスティン・クロウリーを消防署長に任命したのが大火災の原因だというのだ。
クリスティン・クロウリー消防署長が任命されたのはレズビアン女性だからではない。彼女は22年間、消防士、救急救命士、エンジニア、消防検査官、大隊長、副署長、消防監を歴任し、実力で昇格したベテランなのだ。イーロンは、女性というだけで根拠もなく無能だと決めつけている。
誰でも知っている火災原因 イーロンは陰謀論ユーチューバーのアレックス・ジョーンズのたわごとも拡散した。「ロサンジェルス火災は、グローバリスト(国際資本家)がアメリカを脱産業化させるための経済戦争」というのだが、まるで意味不明。そもそも資本家がアメリカの産業を滅ぼして何の得がある? このデタラメにイーロンは「それは真実」と書き加えた。
なぜ、彼らはバカバカしいデマばかりを必死に拡散しようとするのだろう。
それは、この大火災の本当の原因は「気候変動」だからだ。
カリフォルニアに長い間住んでいる人なら誰でも知っている。自分も25年住んでいるからわかる。かつて冬は長い長い雨期だったが、ここ10年ほど雨が降らなくなった。温暖化のせいで風向きが変わったからだ。西の太平洋からの湿った空気の代わりに、東のネバダの砂漠で高気圧に熱せられた乾いた風がドライヤーのように吹き付けるようになったのだ。フェーン現象のようなものだ。
この風を「サンタ・アナの風」と呼ぶ。秋に落ちて乾燥しきった葉や枝が吹き飛ばされ、電線に触れる。電線が熱ければ枯れ葉はすぐに発火する。その火の粉を突風がまき散らす。今回、その風速は時に時速100キロを超えた。炎はふいごで吹かれたように数分で一つの家を焼き尽くし、高速道路を走る自動車よりも早く燃え移った。
しかし、トランプ政権は温暖化を否定し、その原因となるCO2の排出規制も撤廃する以上、他に罪をなすり付けるしかない。
それなのに、トランプが何を言っても従うイエスマンばかりの共和党の下院議員たちは「連邦政府がカリフォルニアを救済するには州知事による水資源回復宣言への署名が条件だ」と言いだした。だから、そんなものはないんだってば!
イラスト 澤井 健 (まちやまともひろ 1962年生まれ。映画評論家。米カリフォルニア州バークレー在住。BS朝日「町山智浩のアメリカの今を知るTV In Association With CNN」が不定期放送中。当連載1年分をまとめた単行本最新刊『独裁者トランプへの道』(小社刊)が発売中!)
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ためになった source : 週刊文春 2025年2月6日号
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