町山智浩の言霊USA 第757回 町山 智浩 2025/02/08

“In the name of our God, I ask you to have mercy upon the people in our country who are scared now.”(神の名において、今、この国で恐怖に怯えている人々に慈悲をお与えください)byマリアン・E・バディ主教

 1月20日のトランプ大統領の就任式はマイナス2度の寒さのため、急遽(きゅうきょ)、連邦議会議事堂内で行われることになった。4年前の1月6日、トランプに扇動された暴徒(ぼうと)たちが襲撃した場所でトランプが大統領に就任するのだ。

 最前列に並んだのはテック系巨大企業のCEOや創業者たちだった。テスラのイーロン・マスク、アマゾンのジェフ・ベゾス、グーグルのスンダル・ピチャイ、Metaのマーク・ザッカーバーグ。彼らは、自分に敵対する者たちへの「報復」を宣言するトランプにひざまずいて、アメリカの富を分け合う貴族の座を得たのだ。

「現在、アメリカでは莫大(ばくだい)な富、権力、影響力を独占する者たちの寡頭(かとう)政治が形成されつつある」

 バイデン前大統領は退任演説でそう警告した。寡頭政治とは少数の特権階級が支配する社会。トランプを選挙で勝たせた南部や中西部の低所得層はなけなし(tiny amount of)の金を払って首都ワシントンに集まったが、彼らは寒空の下に閉め出されている。

 トランプの就任演説はいつものようにデタラメだった。

 たとえば「我々は、自国民を豊かにするために外国に関税を課する」と言ったが、関税というものがわかってない。輸入品の関税を払うのは外国ではなく、アメリカの輸入業者(ゆにゅうぎょうしゃ)だ。それは商品の値段に上乗せされて米国民を苦しめるだけだ。

「我々は何百万もの犯罪を犯した外国人を出身地に送還する手続きを開始する」と言ったのも驚いた。何百万人もいないよ!

 どうもトランプはいわゆる「不法移民」を全部犯罪者として計算しているらしい。でも、正しくは「不法」ではなく「難民ビザ待ち移民」だ。彼らの多くはビザが下りるまで、政府から短期滞在許可と就労許可を受けて移民局によって監視されていて、「合法」だ。

 ビザ待ち移民の総数は1100万人だが、認可された者は労働者として、建設業、飲食業、農業に従事してアメリカを支え、その生産規模は1兆7000億ドル、また彼らの納税額は約1000億ドルと試算されている。トランプと彼の支持者は移民を追い出せばアメリカが豊かになると思ってるらしいが、実はその逆だ。

 就任後、トランプはデタラメに基づいた大統領令の数々にいっきに署名した。それはアメリカの国是(こく‐ぜ)「自由と平等」を否定するものばかりだった。

 まず、国籍の出生地主義の制限。憲法修正第14条により、アメリカ国内で生まれた者は自動的にアメリカの市民権を得られた。ビザ無し移民でもだ。これはトランプが予定している移民強制退去の支障となる。だから出生地主義に制限をかけようというわけ。さっそく民主党が知事を務める22州が憲法違反で提訴したが、なんとホワイトハウスの公式ホームぺージで合衆国憲法のページが見当たらなくなった! もう憲法を踏みにじる気まんまんじゃん!

 次に政府のDEI(多様性、公平性、包括性)プログラムの廃止。つまり、女性や少数民族、障碍者(しょうがいしゃ)、LGBTを積極的に採用する方針をトランプは中止する。その皮切り(かわぎり)に、沿岸警備隊初の女性司令官リンダ・フェーガンが解任された。彼女は士官学校におけるセクハラやレイプ問題の対応で評価されていた。さらにトランプは自分に投票しなかった政府職員を1000人以上解雇するとも宣言している。

 男と女以外の性別も否定した。トランプ政権では出生時の性別しか認めず、性別適合手術後の名前も認めない。これにはケイトリン・ジェンナーも驚いただろう。彼女は五輪十種競技のメダリストで性別適合手術を受けて女性になった熱心な元トランプ支持者。でも今日からは「ブルース」と男性名を使わなきゃね。

 そして、議会襲撃犯約1500人の恩赦。議会を守ろうとした警察官が5人も死んでるのに? トランプは彼らを「我らの偉大な人質」と呼んだ。移民よりもこっちのほうが犯罪者なのに!

国立大聖堂の礼拝で…

 その他、トランプは地球温暖化に取り組むパリ協定からの離脱、パンデミックから世界を守るWHOからの脱退、メキシコ湾をアメリカ湾と呼ぶなど、「アメリカ・ファースト」な大統領令に署名した。自分に投票した貧しい人々を救済する政策は「緊急物価対策」ぐらいで、それも名前だけで具体的な中身がなかった。

 翌朝、トランプ一家は国立大聖堂の礼拝に参加したが、マリアン・E・バディ主教は目の前の大統領に「最後のお願いです」と呼びかけた。

「ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーの子供たちは命の危険を感じて怯えています」

「農作物を収穫し、ビルを掃除し、養鶏場(ようけいじょう)や食肉加工工場で働き、レストランで私たちが食べた後の皿を洗い、病院で夜勤で働く人々はアメリカの市民権を持っていないかもしれません。でも、移民の大多数は犯罪者ではありません。税金を払う、善き隣人なんです」

「神の名において、今、この国で恐怖に怯えている人々に慈悲をお与えください」

 彼女の声は震えていた。命がけの諫言(かんげん)だったのだ。しかし、トランプは反省するどころかSNSで怒りをぶちまけた。

「彼女は極左(きょくさ)の強硬派(きょうこう‐は)でトランプ嫌いだ。実に無礼なやり方で教会に政治を持ち込んだ。彼女の言い方は嫌味(いやみ)で説得力なかったね」

「彼女は不法移民が本国の刑務所や精神病院から送られたと言わなかった」

 それはトランプが主張し続けているデマだ。

「彼女の礼拝は実に退屈で感動がなかった。彼女は仕事ができないな! とにかく彼女と教会は国民に謝罪する義務がある!」

 なぜ国民に? これが4年続く? 勘弁して!