町山智浩の言霊USA 第758回 2025/02/15
The FAA is actively recruiting workers who suffer severe intellectual disabilities, psychiatric problems(連邦航空局は重度の知的障害者や精神障害者を採用している)byドナルド・トランプ大統領
任式以来、アメリカのパニックが続いている。政府機関を完全にトランプ色に塗り替えることを目的に無茶な命令を乱発(らんぱつ)しているトランプ政権は、1月27日月曜日の夜、突然、連邦政府の補助金「すべて」を翌日の火曜日午後5時以降に凍結すると言い出した。
OMB(行政管理予算局)が記した覚書によると、政府は諸団体に補助している数兆ドルについて「見直しのために一時停止する」。その目的はトランプの政策に沿わない補助の削減だという。つまり、DEI(多様性、公平性、包括性)や気候変動対策に反対するトランプは、それを推進する団体への補助をカットしたいのだ。
しかし、このまま「すべて」が凍結されたら? メディケア(65歳以上の高齢者や障害者の医療保険)は? フードスタンプ(貧困層への食費補助)は? ヘッドスタート(貧困層の未就学児童への学習支援)は? ミールズ・オン・ホイールズ(高齢者や障害者向けの食料配達)は? がん治療の研究助成金は? 連邦学生ローンは? 退役軍人への住宅支援は?
「凍結をとめて!」翌日の火曜日、凍結停止を求めて、全米22州(2州を除き民主党が州知事)とコロンビア特別区の司法長官が国を提訴した。全米非営利団体協議会と公衆衛生協会もだ。
火曜日の午後、ホワイトハウス報道官の記者会見では、凍結問題に質問が集中した。
「メディケアは大丈夫です! フードスタンプも!」カロライン・レヴィット報道官は必死にパニックを鎮めようとしたが、どの団体が補助を止められるのか答えられなかった。彼女は報道官としては史上最年少の27歳で、トランプが否定している米国籍の出生地主義(アメリカで生まれるとアメリカ国籍になること)について「違憲だから」と答えて「憲法修正第14条の規定だよ!」と突っ込まれて大恥を掻いた(おおはじをかいた)。
午後5時の凍結時刻が迫った。間一髪(かんいっぱつ)、コロンビア特別区連邦地方裁判所のローレン・L・アリカーン判事が凍結を差し止めた。彼女はバイデンに任命されたパキスタン系の女性判事。彼女のように優秀なマイノリティの政府職員をトランプはDEI採用として政府から一掃しようとしているのだから、ホントに地獄。
水曜日、ホワイトハウスは凍結を撤回した。トランプとしては戦略的撤退にすぎないだろうが、補助金がどれだけアメリカを支えているのか知らなかったわけで、素人っぽさを露呈する恥ずかしい失点だった。
さて、その夜9時頃、ホワイトハウスからわずか5キロほどの場所で悲惨な航空事故が起こった。ロナルド・レーガン空港に着陸しようとしたアメリカン航空の旅客機が、陸軍のヘリコプターと衝突したのだ。激突の瞬間に機体は爆発し、乗客60名と両機の乗務員7名は全員死亡。ヘリは戦闘ヘリで、ポトマック川の上空を飛ぶ訓練中だった。
事故原因はまだ調査が始まったばかりだが、管制官が1人しかいなかったのが問題視されている。本来、管制官は旅客機とヘリへの対応にそれぞれ1人ずつ必要なのだが、全米の飛行機の安全を司るFAA(連邦航空局)は約3000人の管制官不足に悩まされている。早急な対策が望まれる。
ところが翌木曜日朝、緊急記者会見を開いたトランプ大統領はこの事故の原因までDEIだと決めつけた。
「FAAは重度の知的障害者や精神障害者を採用している。聴覚、視覚、四肢欠損、部分麻痺、完全麻痺、てんかん、重度の知的障害、精神障害、小人症(こびとしょう; しょうじんしょう)などだ。航空管制官の職に就けているのだ!」
マジ?
さらにトランプは「民主党政権下でFAAは『白人が多すぎる』と言ってアフリカ系やヒスパニックを増やした」と語った。
「つまりDEIが事故の原因だということですか?」記者が確認するとトランプは「かもしれないよ」と答えた。
空のリーダーも一掃…
なんだそれ! 話の最後に「知らんがな」つけるようなものじゃん!
正直言ってトランプの話はデタラメ。確かにFAAはマイノリティを積極的に採用してきたが、第一次トランプ政権の時もそうだ。それに彼らがみんな管制官になるわけではない。だって管制官になれるのは問題解決能力、記憶力、プレッシャー下での意思決定能力を測定する航空交通技能評価(ATSA)に合格し、日々、精神面や身体面のチェックにパスし続ける者だけだ!
そんな事実を無視して、トランプは記者会見で、「バイデン政権の運輸長官のピート・ブティジェッジは多様性推進のために運輸省を破壊した」と指弾した。ブティジェッジはオープンリー(公表済)ゲイなので、反DEIの絶好のターゲットだ。
「卑劣すぎる!」
ブティジェッジはSNSで反論した。「遺族が泣いてる時にウソ言ってる場合か。私の任期中の民間航空機の事故による死者はゼロだった」
そして、返す刀でトランプを斬った。「大統領が就任して最初にしたのは、航空安全維持に貢献してきた主要職員の解雇と停職処分だった」
そう、トランプは就任してすぐ、FAAの長官、空港の安全と警備を司るTSA(運輸保安庁)の長官、それに航空保安諮問委員会のメンバーも全員辞任させたり解任してしまったのだ。政府機関から自分の意に沿わぬ職員を一掃するという方針の一環だが、つまり現在、アメリカの空の安全を管理するリーダーは誰もいない!
……そりゃ、事故も起こるよ。もう、飛行機乗るのが本当に怖いんですけど。