町山智浩の言霊USA 第765回 2025/04/05
“Give us back the Statue of Liberty.”(アメリカは自由の女神をフランスに返せ)byラファエル・グリュックスマン
「自由の女神(めがみ)を返せ」
3月16日、EU欧州議会のフランス代表、ラファエル・グリュックスマン議員は、中道左派政党「プラス・ピュブリック」の党大会で言った。
自由の女神像は、1886年にフランス政府からアメリカに贈られた。フランス革命に先駆けて(さきがけて)イギリスの暴政に立ち向かったアメリカ国民への尊敬の念を込めて。
「しかし、アメリカは暴君(ぼうくん)の側に立つことを選んだ」グリュックスマンはトランプ大統領がウクライナを侵略したロシアのプーチン大統領の側についたことに抗議し、自由の女神を返せと言った。
翌日、ホワイトハウス定例記者会見で、報道官カロライン・レヴィットは言い返した。
「フランスの三流議員は、フランス人が現在ドイツ語を話していないのはアメリカ合衆国のおかげだと思い出すべきです」
第二次世界大戦でナチスドイツに占領されたフランスを、アメリカと連合軍が解放したことを言っている。
もちろんグリュックスマンは反論した。
「その時のアメリカはファシズムと戦った。しかし今は独裁者プーチンの味方で、ウクライナのゼレンスキー大統領を攻撃している」
カロライン・レヴィットは史上最年少27歳の報道官として、失言やウソの数でも歴代最多(さいた)の記録を更新しているが、この日も「我々トランプ政権は司法省を“法と秩序のために戦う”のではなく“法と秩序と戦う”ために作り直すのです!」と誇らしげに宣言した。
え? 法と秩序と戦うの?
それは失言でも冗談でもなかった。トランプとその司法省は、裁判所を攻撃し始めたのだ。
3月15日、トランプ政権は、アメリカ国内で逮捕した200名あまりのベネズエラ系移民をエルサルバドルに送り出した。トランプによると彼らはベネズエラのギャング組織の構成員だが、ベネズエラ政府が引き取りを拒否しているので、エルサルバドルが600万ドルで引き受けたそうだ。エルサルバドルの巨大刑務所は囚人(しゅうじん)虐待で悪名高い(あくめいだかい)。
問題は、この移送のためにトランプが「敵性外国人法」を発動したこと。この法律は法的な手続き無しでアメリカと戦争状態にある国の人々の逮捕拘禁(こうきん)、国外追放を認めている。ベネズエラとは戦争してないのだが、トランプによればベネズエラ政府はギャングと共謀してアメリカと「非正規の戦争状態にある」という。こんな根拠のない陰謀論で政府が動いていいのかと驚くが、この「敵性外国人法」の制定は、なんと227年前の1798年! 最後に使われたのは、第二次大戦時に日系人を収容所に強制収容する際だった。
だが、日系人収容は現在では違憲とされている。今回もエルサルバドルに送られた人が本当にギャングなのか、罪のない難民なのか法的な認定はされていない。だから、首都ワシントンの連邦地方裁判所のジェームズ・E・ボアズバーグ判事はすぐに口頭(こうとう)で強制送還の差し止め命令を出した。
だが、トランプ政権はそれを無視して移送を実行しただけでなく、判事に牙をむいた(きばをむいた)。パム・ボンディ司法長官はボアズバーグ判事を「国民の安全よりテロリストの側に立った」と批判した。まさに「法と秩序と戦う司法省」!
トランプ政権の司法官は、3月17日にボアズバーグ判事が開いた審理でも「判事の口頭の命令に執行力はない」と開き直った。
それどころかトランプは翌日、SNSでボアズバーグ判事の弾劾(だんがい)を呼びかけた。
「私は国民が望むことをしているだけだ。あの悪徳判事は選挙で選ばれたわけではない。扇動者で、左翼の狂人(きょうじん)だ! 弾劾すべきだ!」
しかし裁判官の弾劾は、収賄などの違法行為を理由とするべきで、大統領に都合が悪い判決を下すからといって弾劾していたら「法の支配」が成り立たない。
自由の女神の足元には…
これは憲政の危機! 最高裁長官ジョン・ロバーツは保守の重鎮だが、すぐに「ボアズバーグ判事の弾劾は不適切だ」と異例の声明を出す羽目になった。
その翌19日、ホワイトハウス記者会見でレヴィット報道官はボアズバーグ判事叩きを続けた。
「彼は民主党の活動家です。オバマ大統領に任命されました」
記者がすぐに訂正! 「ボアズバーグを昇格させたのはオバマですが、そもそも判事に任命したのは共和党のジョージ・W・ブッシュですよ」
そう、ボアズバーグは20年以上も裁判官として勤めながら党派性に偏ったことはなかった。今回もただ法律に従ってトランプを止めただけだ。
レヴィットはトランプの報道官として完璧だ。無知と暴言、冷酷さが。17日の記者会見では、エルサルバドルに送られる移民たちが手と足を鎖でつながれたビデオを紹介し、「こんな楽しいビデオに出たくなければ自分で国外退去してくださいね」と微笑んだ。
人を鎖につなぐのが「楽しいビデオ」?
レヴィット報道官は知っているだろうか。自由の女神像の足元に鎖(くさり)があることを。彼女は鎖を断ち切って、前へ一歩踏み出したところなのだ。
自由の女神はニューヨークに設置され、ヨーロッパからアメリカに渡る船が目指す灯台になった。移民や難民を迎える女神の台座(だいざ)にはこんな詩が彫り込まれている。
「彼女の名は亡命者の母……私のもとに送りなさい。疲れた人々、貧しい人々、自由に息がしたい群衆、拒絶された惨めな者たち、嵐に襲われて家のない人々を」
自由の女神も国外退去になりそうだ。