町山智浩の言霊USA 第766回 2025/04/12

The Trump Administration Accidentally Texted Me Its War Plans(トランプ政権が戦争の計画を間違って私に送信してきた)

 え? 間違って?

 目を疑う(うたがう)ような見出しの記事が3月24日、『アトランティック』誌のウェブサイトに掲載された。アトランティックは創刊168年の由緒(ゆいしょ)正しい総合誌。書いたのは編集長ジェフリー・ゴールドバーグ。

「3月11日火曜日、私はマイケル・ウォルツから『シグナル』への接続リクエストを受け取った」

 シグナルは暗号化でプライバシーが守られるメッセージ・サービス。マイケル・ウォルツはトランプ政権の国家安全保障担当大統領補佐官。ゴールドバーグ編集長はウォルツと面識はあるが親しくはない。だが、トランプ政権に批判的な『アトランティック』誌に何か言いたいのだろうと接続を認可した。

 そして、ゴールドバーグはトランプの閣僚たちのオンライン国防会議に巻き込まれた。3月14日、国防長官ピート・ヘグセスはイエメンで紅海(こうかい)を航行(高校)する船舶(せんぱく)を襲っている反政府武装組織「フーシ派」の拠点を今すぐ攻撃すべきだと主張した。

ヘグセス「早くしないと情報が漏れます」

JDヴァンス副大統領「ヘグセスがやるべきだと思うなら、レッツゴー」

 フェイクかも? ゴールドバーグは思った。トランプ政権は素人(しろうと)ばかりだ。特にヘグセス国防長官は国軍を指揮(しき)した経験も国家機密を扱ったこともなく、そもそも公務経験ゼロの元テレビタレント。しかもアルコール依存症で数々の問題を起こしレイプで警察に通報されて被害者に和解金(わかいきん)を払っている。そんなクズでも、軍事機密会議を民間サービスのチャットで行うなんてありえない。

 だが、フェイクではなかった。

 翌朝、3月15日、ヘグセス国防長官がシグナルにフーシ派空爆計画の詳細を投稿し、「空爆開始は2時間後の米国東部標準時午後1時45分」と予告すると、その通りに爆撃(ばくげき)が始まった。

 ゴールドバーグがシグナルのグループ・チャットを覗くと、トランプの閣僚たちが大はしゃぎしていた。それをゴールドバーグはスクショして、先述したように3月24日の記事で全部暴露(ばくろ)した。

 これはトランプ政権に戦争を遂行する能力がないことの決定的な証拠だった。閣僚を経験や能力よりもトランプへの忠誠心だけで選んだからだ。

 記事が出ると国防長官ヘグセスはゴールドバーグを嘘つき呼ばわりした。「あれは戦争の計画じゃない! 単なる攻撃計画だ!」

 攻撃計画は戦争の計画の一部でしょ?

 でも、トランプ政権はこのレトリックに乗っかって、事態を矮小化(わいしょうか )しようとした。国家機密の責任者である情報長官トゥルシ・ギャバードとCIA長官ジョン・ラトクリフも上院の公聴会で「ゴールドバーグが参加したシグナルには重要な機密は含まれていません」と主張した。

 作戦決行時刻はそれだけで最高機密だろ! それがもし敵に漏れたら単に急襲が失敗するだけでなく、迎撃(げいげき)されて米兵が沢山死ぬだろう。

「機密じゃないならヘグセス国防長官(こくぼうちょうかん)の投稿(とうこう)を全文公開しますが、よろしいですか?」

『アトランティック』誌はホワイトハウスに直接問い合わせた。

 返信してきたのは、「エアーヘッド・バービー(頭空っぽのお人形ちゃん)」の異名をとるカロライン・レヴィット報道官。彼女はまず「何度も述べてきたように、機密情報は送信されていません」と言い張りながらも後半にはこう書いた。「これは上級スタッフによる非公開の協議で、機密情報が話し合われたため、公開には反対します」……やっぱ機密じゃん!

 肝心のトランプ御大(おんたい)は、シグナルというサービス自体を知らなかった。だが、子分たちを困らせているゴールドバーグを「卑劣漢だ」と罵倒した。ついでに「『アトランティック』なんて潰れそうな雑誌で、業績は最悪、誰も気にしていない」と八つ当たり。

流出したものは他にも…

 これに対して『アトランティック』誌は毅然(きぜん)「小誌と編集長の信用を失墜させようとするトランプ政権の試みは、ジャーナリストと報道の権利に対する権力の攻撃だ」と声明を発表し、3月26日、ヘグセスらの投稿を全文公開した。

「12時15分:F-18戦闘機出撃」

「13時45分:F-18による第一波攻撃開始。ストライクドローン(MQ-9)発進」

「15時36分:F-18による第二波攻撃開始。空母からトマホーク巡航ミサイル発射」

 これ、どう見ても攻撃計画、最高機密だよね?

『アトランティック』が自己検閲したのはフーシ派側の情報を提供した人物の名前だけだった。彼の命を守るために。しかし、そんな名前まで流出していたのだから呆れてものが言えない。

 ゴールドバーグをシグナルに招待してしまった張本人(ちょうほんにん)、マイケル・ウォルツ補佐官は全部をゴールドバーグのせいにしようとした。「そんな奴は100%知らん! 断言できる!」「あいつはジャーナリストの最下層(さいかそう)のクズ」「負け犬」と罵倒し、さらにはハッキングされたのかもしれないと濡れ衣まで着せた。もしハッキングされたのなら、民間向けチャット使ったお前らが悪いよ。

 いや、本当に危険だった。SNSなどを通じてマイケル・ウォルツ、ヘグセス国防長官、ギャバード情報長官などの携帯番号、メールアドレス、そのパスワードまでが既にネットに流出しているというのだ。それを報じたのはドイツの雑誌『シュピーゲル』。アメリカの同盟国ドイツにしてみれば、こんな機密ガバガバの軍との共同作戦なんて、おっかなくてやってられないからね!