町山智浩の言霊USA 第768回 2025/04/26
Hands Off!(手をどけろ!)by反イーロン・マスク運動のスローガン
世界一の大富豪(だいふごう)イーロン・マスクは2億6000万ドルを投じてドナルド・トランプを大統領選挙に勝たせ、なんの法的権限もないのに我が物顔(わがものがお)でDOGE(政府効率化省)とやらを率いて、この3カ月で少なくとも12万人以上の政府職員のクビを切ってきた。でも、この2週間ほどはさんざんだった。
3月18日、トランプ翼賛(よくさん)テレビFOXニュースに出演したイーロン・マスクは「全米各地でテスラが壊され、販売店が燃やされていることにショックを受けている」と語った。「こんなに憎まれてるなんて……」
今ごろ知ったんかい!
「僕は決して人を傷つけたことないのに……」
よく言うよ。あんたは選挙中、カマラ・ハリスをCワード(女性器の卑語(ひご))で罵倒するCMを流し、人道機関への援助を打ち切り、世界中の貧しい子どもたちを飢えさせているだろが。
「民主党支持者はもっと共感と思いやりがあると思ってたのに……」
笑わせるな。あんたは1カ月前、ポッドキャストのインタビューで、「西洋文明の弱点は弱い者への共感、思いやりだね」と冷笑してたくせに!
でもイーロンはまだ懲りて(こりて)なかった。その後、彼はウィスコンシン州の州最高裁判事補欠選挙(ほけつせんきょ)に介入。共和党が支持する判事を応援する運動に2100万ドルを投じ、660万ドルも使って民主党が支持する判事スーザン・クロフォードを中傷するテレビCMを流し、彼女に反対する署名運動をした有権者2人に100万ドルずつ進呈した。どう考えても選挙違反にしか見えないやり方は、去年の大統領選でトランプを勝たせた時と同じだ。
でも、今回、イーロンは負けた。4月1日の投票日、クロフォードが圧勝した。彼女はこう勝利宣言した。「ウィスコンシン州民は、正義は金では買えないと宣言しました。私たちの裁判所は売り物ではありません!」
4月3日、トランプ大統領は「イーロンは数カ月以内に政権を去るだろう」と語った。評判が悪いからではなくて、実はイーロンの立場は「特別職の政府職員」で、一年のうち130日しか働けない決まりなのだ。
その週末(4月5日)、全米50州で1400以上のデモが行われた。ニューヨークやシカゴの街を埋め尽くした人々は「ハンズ・オフ(手をどけろ)!」と叫んだ。トランプ政権がやっている連邦政府の解体、福祉や社会保障制度の骨抜き、移民やLGBTへの弾圧から手を引け! という意味だ。
彼らが掲げたプラカードはトランプ以上にイーロンへの怒りが目立った。「彼は選挙で選ばれていない」「南アフリカに強制送還しろ」「金持ちに国を乗っ取らせるな」……。
イーロンの資産はトランプ就任時の約4340億ドルからこれまでに1000億ドル減った。4月2日、トランプはすべての国からの輸入品に対して相互関税を導入すると発表した。もちろん関税を払うのはアメリカの企業だから、全米のほとんどの企業の株価が暴落した。テスラの株はさらに暴落した。
「せめてヨーロッパとの関税はゼロにして!」
イーロンは珍しくトランプの政策に反対を表明した。そして、トランプの関税政策を推進したピーター・ナヴァロ貿易製造業担当上級顧問をX(旧ツイッター)で激しく非難した。
「ナヴァロはハーバード大学で経済学の博士号を取ったって、だからダメなんだ!」
これに対してナヴァロはテレビで、テスラが関税でダメージを食らうのは外国製部品を組み立てているだけだからだと反論した。
実はそれほど外国製部品に依存していないイーロンは激怒した。Xで「ナヴァロをクビにしろ」「ピーター・リタードだ」と差別語で中傷した。
「リタード」は知的障害を指す非常に差別的なスラングで、イーロンのガキの頃からの口癖。53歳の今もまるで成長してない。
親子鑑定を拒否
4月8日、イーロンは自家用ジェット機からゲーム実況をした。彼の衛星ネット通信システム「スターリンク」の接続能力の宣伝だ。スターリンクを旅客機に搭載すれば、乗客は飛行中もネットで動画が観られるようになる。
イーロンは『パス・オブ・エグザイル2』をプレイした。剣と魔法の世界で戦いながら旅をするアクションRPG。「ゲームは得意だ」と豪語していたイーロンだが、やってみると実にヘタクソで、最初のボスに何度も何度も殺された。
チャットの書き込みは「荒らし」であふれた。
「本当の友達いないだろ。寂しく死んじまえ」
「なんでそんなにバカで不細工なの?」
イーロンは苛立ち、思わず口癖が出た。
「リタードの書き込みだらけだ!」
チャットはさらに炎上した。
「結婚生活と同じように国も破綻させるのかい」
イーロンは4人の女性との間に合計14人もの子どもをもうけたが、彼らから養育費の滞納やネグレクトでいつも批難されている。
「イーロン、私、アシュリー・セントクレアです」
それはイーロンの子どもを産んだという右翼インフルエンサーを思わせる書き込みだ。彼女によるとイーロンは親子鑑定を拒否している。「なりすまし」かもしれないが「他に連絡を取る手段がないので」ここに書き込んだという。
「子どもの養育費を払ってください」
イーロンは突然、配信を終了した。「接続に問題が生じた」と言いながら。接続能力の宣伝なのに、接続不良のフリして中断するなんて……。書き込みのなかにはこんな鋭い指摘もあった。
「(いくら金持ちになっても)お前はいつも不安だ。それは終わることがない」