町山智浩の言霊USA 第708回 2024/02/03
Slumlord(貧民街の大家(ひんみんまちのたいか))
先日、オッペンハイマーの足跡を追って、彼が原爆を開発した地であるニューメキシコ州を訪ねたが、現在、ニューメキシコ最大の都市アルバカーキは「第3のハリウッド」と呼ばれているそうだ。
「第2のハリウッド」はジョージア州アトランタで、マーヴェルの映画のほとんどがアトランタで撮られている。州が映画製作を誘致するために税優遇措置をとり、警察がカーチェイスや爆発シーンに積極的に協力するからだ。ニューヨークやロサンジェルスが舞台の映画も、実際はアトランタで撮影されていることが多い。
ニューメキシコは西部の荒野だが、撮影できるのは西部劇だけじゃなく、巨大なスタジオを作って、そこにニューヨークやロサンジェルスに見える都会のセットも組んでいる。ただ、問題はエキストラだ。
「住民の多くが先住民やメキシコ系だから、群衆シーンで黒人や東アジア系が足りなくて、ニューヨークやロサンジェルスに見えないんだよね」と、地元の映画関係者に言われた。「君もニューメキシコに引っ越さない? エキストラの仕事がいっぱいあるよ」
うーん。日本や中国、韓国の食材が手に入りにくいからなー。
ニューメキシコ・ロケで最も成功したのはテレビ・ドラマ『ブレイキング・バッド』。アルバカーキの高校の化学教師がガンを宣告され、家族に遺産を残すため、覚せい剤を密造したら、品質が良すぎて地元のギャングたちと抗争になっていくというノワール。『ブレイキング・バッド』の悪徳弁護士を主役にしたスピンオフ・シリーズ『ベター・コール・ソウル』も大ヒットした。
去年は『ザ・カース(呪い)』がニューメキシコ・ロケで話題を呼んだ。脚本・監督・主演はコメディアンのネイサン・フィールダー。ネイサンは今まで奇妙なテレビ番組ばかり作ってきた。例えば『ザ・リハーサル』では、子どもを産んでみたいという女性のために、結婚、妊娠、出産、子育ての20年間を巨大セットまで組んで予行演習してみせた。
今回の『ザ・カース』も超奇妙なテレビ番組だ。完全なドラマ作品で、ネイサンが演じる主人公アッシャーは妻ホイットニー(エマ・ストーン!)と二人でニューメキシコにパッシヴ・ハウスを作っている。パッシヴ・ハウスとは環境への影響を極限まで抑えた住居で、具体的には断熱材を壁や天井、床に敷き詰めて、外部の気温から室内を遮断する。つまりワインセラーのように室内を一定の温度に保つことで、冷暖房が必要なくなる。気候変動で夏は猛暑、冬は極寒になった現在、パッシヴ・ハウスの普及が求められている。
アッシャーとホイットニーは、貧困層の家をパッシヴ・ハウスにリフォームしてあげる番組を企画し、テレビ局に売り込もうとしている。『大改造!!劇的ビフォーアフター』みたいなリフォーム番組はアメリカにも多く、ホーム・フリッピング(家の改築)・ショーと呼ばれるのだが、貧しい人々の家を無料で直してあげる慈善事業的要素が強い。ホイットニーは自分の番組を『フリップランソロピー』と名付ける。フリップ(改築)とフィランソロピー(慈善)の合成だ。
「素晴らしい番組ですね」地元のテレビ局のレポーターは、ホイットニーにインタビューして言う。「でも、あなたのご両親はスラムロードですよね?」
スラムロードとは「スラム(貧民街)のランドロード(大家)」。値段の安い貧困地区のアパートを買い取って、家賃を上げて住民を追い出し、改築して高く転売する、金儲けしか考えてない大家をそう呼ぶ。
「言いがかりだ!」アッシャーはレポーターにキレる。「僕らは貧しい人たちのことを思ってやってんだ!」 「呪ってやる」
アッシャーはインタビューの後、駐車場で物乞いする黒人の少女を見る。小銭をあげようとして財布を開くが、あいにく100ドル札しかない。しかたなく100ドルをいったん少女に渡すが、すぐにもったいなくなって、「ごめん!」と言いながら、少女の手から100ドルを無理やり奪い返してしまう!
100ドルを取られた少女はアッシャーを睨んでうなる。
「呪ってやる」
このドラマのタイトルだ。ネイサン・フィールダーはロサンジェルスの路上でホームレスから同じように「呪ってやる」と言われて、このドラマを書いたという。この「呪い」は、格差が広がり続ける今の社会で、富裕層が常に感じている罪悪感を意味しているのだろう。
アッシャーはその呪いを解こうとして少女を探すが見つからない。どんな呪いがふりかかるのか。怯えているうちに、妻が子宮外妊娠と診断される。子供が危ない。するとアッシャーは突然、重力から解き放たれて、なんと、青空を突き抜けて大気圏外、宇宙へと消えていく!
どうなってんの? この最終回は大論争を巻き起こした。一説によれば、アッシャーは呪いで子供が死ぬ代わりに、自分がそれを引き受けて宇宙に消えたのだという。
なお、アッシャーはペニスが小さすぎて奥さんを満足させられないのだが、演じるネイサン・フィールダーが実際に自分のマイクロ・ペニスを見せるので驚いた。ケーブルTVだから何でも見せられるとはいえ、見せる必要ある? これについてもネットで論争が巻き起こった。「あんなに恥ずかしいモノを見せてしまうネイサンはすごい映画作家だ」「いくらなんでも小さすぎる。あれはニセ物に違いない」「セックスの良し悪しはサイズと関係ない」……ホントに変なドラマ!