町山智浩の言霊USA 第710回 2024/02/17

Swiftonomics(スウィフトノミクス=テイラー・スウィフトの経済効果)

 1月28日、全米プロフットボールNFLのプレーオフでカンザスシティ・チーフスはボルチモア・レイブンズを17対10で破った。

 フィールドで勝利を喜ぶチーフスのタイトエンド、トラヴィス・ケルス選手に、テイラー・スウィフトが駆けつけてキスした。二人は昨年10月に交際を公表した。

 ナッシュヴィルのカントリー歌手だったテイラーは都会に出て垢ぬけて(あかぬけて)、ジャンルを超える世界的ポップ・スターに成長し、ジョン・メイヤーやハリー・スタイルズなど数えきれないイケメンたちと華々しいロマンスを繰り広げてきたが、みんなチャラ男ばかりで真実の愛はなく、結局、田舎に帰って素朴なスポーツマンと結ばれる……おお、まるで一昔前の典型的ハリウッド・ロマコメ!

 2月11日、ラスヴェガスのスーパーボウルで、チーフスはサンフランシスコ49ersと頂上決戦し、東京でライブを終えたばかりのテイラーは13時間飛んで駆けつけるのだろう。全米がNFLとテイラーの「コラボ」に熱狂している。

コラボ,コラボレーションの略。 →コラボレーション コラボレーション 4collaboration 共同で行う作業や制作。特に,複数企業による共同開発や共同研究,芸術家たちによる共同制作や共演などをいう。

 それがトランプ信者たちをイライラさせている。テイラー・スウィフトはかつて白人至上主義者たちのアイドルで、彼女にナチの制服を着せたコラージュが作られ、「テイラーは隠れトランプ」という噂が広がった。しかし、2018年の中間選挙でテイラーはトランピストの上院議員候補マーシャ・ブラックバーンを落選させましょう、とファンに呼びかけた。ブラックバーンは女性に対する暴力禁止法に反対したり、女性の権利を守らない議員だったからだが、それ以来、トランピストはテイラーを敵認定している。

「今年のスーパーボウルではどっちが勝つかな?」プレーオフ直後、熱烈なトランプ信者で投資家のヴィヴェク・ラマスワミーがツイート。「この文化的に人工的に作られたカップルはこの秋にどの大統領候補に支持表明するかな?」

 これはテイラー&トラヴィスについての陰謀論を促す犬笛だ。これを受けてトランピストの右翼ラジオ司会者マイク・クリスピーは、こんな理論をツイートした。

犬笛(いぬぶえ)とは、イヌやネコの訓練などに用いられるホイッスル(笛)の一種。フランシス・ゴルトンが発明したことから、ゴールトン・ホイッスルとも呼ばれる。

「NFLの勝敗もチーフスとテイラーとトラヴィスのために作られたものだ。民主党のプロパガンダのために。チーフスはスーパーボウルに進出し、テイラーとトラヴィスは大統領選でのバイデン支持を表明するだろう」

 トランピストのテイラー・スウィフトに対する陰謀論は、彼女が去年9月にファンに有権者登録を呼びかけ(これで登録者は3万5000人増えた)てから、膨らみ始めていた。1月9日、共和党の御用(ごよう)メディアFOXニュースで司会のジェシー・ワッタースはこう言った。

「4年前、NATOのサイバー防衛センターの会議で、アメリカ国防総省の心理戦担当者は、ネットでのデマ対策にテイラー・スウィフトを使えないかと提案した」

 それは、ネットに蔓延するデマや陰謀論を打ち消すにはテイラー・スウィフトのような影響力の大きなセレブの助けが必要だ、という話なのだが、陰謀論者たちは「アメリカ政府がプロパガンダの兵器としてテイラー・スウィフトを使っている」と曲解(きょっかい)してしまった。

 それで彼らがテイラーを攻撃するために始めたかどうかは不明だが、その後、AIで生成された彼女のディープフェイクのエロ画像が急激にネットにあふれた。

 驚くのはこれに対する政治家の動きの速さだ。1月30日、連邦上院議会で、テイラーのポルノのような「デジタル偽造品」に描かれた被害者は、作成した者だけでなく、それを受け取った者にも民事罰を求めることができるという法案を提出した。法案には民主党だけでなく共和党の議員も名を連ねていた。テイラー・スウィフトは国政を動かす存在なのだ。

日本円で8300億円!

 テイラー・スウィフトの経済効果は経済学者などからスウィフトノミクスと呼ばれるほど巨大だ。

 彼女は去年から世界ツアーを行い、すでに1億ドルの収益を上げ、ツアーのスタッフに莫大(ばくだい)なボーナスが支払われた。たとえば機材を運ぶトラック運転手には10万ドルだったという。

 それだけではない。たとえばスウィフティーズ(テイラーのファン)が1回のコンサートにつき消費する額は、チケット、グッズ、交通費、ホテル、食事、ファッションなど合計すると1人1300ドルだと推定されている。そこからマーケティング会社が計算した経済効果は全米ツアー合計で57億ドル。日本円で8300億円!

 テイラーとトラヴィスの関係も、アメフトに興味の無かった女性たちに強くアピールし、NFLにとって3億3150万ドル相当のパブリシティ効果があったと計算されている。

 TIME誌が去年のパーソン・オブ・ザ・イヤーにテイラー・スウィフトを選んだのも納得せざるを得ない。

 あまりのテイラー・スウィフト人気に、極右(きょくう)テレビ局ニュースマックスの司会グレッグ・ケリーはパニクって叫んだ。「いいですか? テイラー・スウィフトはアイドルですよ! 聖書では十戒で神は偶像(アイドル)崇拝を禁じてるんですよ!」

 でも、実はテイラー・スウィフトは一度、トランプに負けている。彼女が落選運動していたブラックバーン候補はトランプの支持で勝利した。この敗北でテイラーが打ちのめされる姿はドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』に記録されている。しかし、その日のうちに彼女はこんな歌を書いた。

「今は負けたけど、私は戦いを続ける。ついてくるのは誰?」

Swiftonomics.png

テイラー・スウィフト.png

テイラー・スウィフト-01.png

テイラーとトラヴィス.png