町山智浩の言霊USA 第719回

If that ain't country, tell me what is?(これがカントリーじゃないなら、何がカントリーなのさ)by ビヨンセ

「ビヨンセに会った! 握手とハグした! めちゃいい匂い! もう死んでもいいわ!」僕のラジオ番組の書き起こしをしてくれてる「みやーんZZ」さんが、アメリカのスーパースター、ビヨンセとハグ! そんな奇跡が起こったのは3月29日。その日の午前11時に、午後、渋谷タワーレコードでビヨンセがサイン会をすると突然告知されたのだ。

 アメリカのネットでもすぐに騒ぎに。「あたし、ビヨンセのミーグリ(会って挨拶できる)つきコンサート・チケットに3000ドル出したのに! 日本じゃ新作アルバムを買った先着150人にサインとハグ? ずるーい!」

 実はビヨンセ、家族で日本観光中に突然、サイン会を思い立ったらしく、公式のカメラもマスコミも来てなかったという。ファンがスマホで撮った動画ではダンナのJay-Zもニコニコとサイン会を見守っている。「誰も俺のサイン欲しがらないの? 俺もスーパースターなのに!」なんて言わない。ティナ・ターナーに嫉妬してDVしたアイク・ターナーとは器が違うのだ。

 その新アルバムは『カウボーイ・カーター』。カーターはビヨンセの本名の「姓」。タイトル通り、カントリー&ウェスタンがコンセプト。カントリーの名曲「ジョリーン」のカバーもある。僕らの世代にはオリヴィア・ニュートン゠ジョン版でおなじみですね。

 お願いだから私の彼を取らないで  彼は寝言であなたの名前を言った  あなたは比べようもなく綺麗で  私はとてもかなわない

 カントリー歌手ドリー・パートンは夫の浮気相手に対して、この歌を書いたという。浮気な男に尽くす健気な女性の歌。カントリーと演歌の定番だ。でも、ビヨンセ版は歌詞が全然違う。

 警告しとくよ 私の男に手ェ出すな  私に勝てるチャンスなんてないから  私は彼ともう20年愛し合ってきた  私は彼を育て 子どもも育てた  悪いことは言わない 他に行きな

「私は彼を育てた」って……。そうだよなあ、元ヤクの売人で何発も銃弾を食らったJay-Zをマイホーム・パパにしちゃったんだから。

 ビヨンセが『カウボーイ・カーター』を作ったのは「カントリーから歓迎されてないと思った経験から」。

 2016年、CMA(カントリー音楽協会)アワードの授賞式にビヨンセが登場して、テキサスで父に育てられた経験を歌った自作のカントリー・ソング「ダディ・レッスンズ」を歌ったが、カントリー・ファンはビヨンセをボイコットした。黒人だから。

 カントリー・ファンはブッシュやトランプを支持し、コンサートで南軍旗を振り回す。それは奴隷制度を支持する旗だから持ち込むなといくら叱られてもやめない。

 でも、実際はカントリーもカウボーイも白人だけの文化じゃない。カントリー音楽は黒人のブルースとスコットランドやアイルランドの民族音楽、それにスイスのヨーデルまでが混じって生まれた。カウボーイも白人文化ではない。もともとメキシコ領だった西部をアメリカが戦争で分捕り、そこにいたバケーロ(牧童)たちも取り込んだ。だからそもそもカウボーイの多くはメキシコ系ないし先住民で、そこに南部の奴隷農場から解放された黒人が加わった。早い話、アメリカには単一民族の文化などない。

アフリカ系女性史上初の快挙 『カウボーイ・カーター』の収録曲もカントリーだけでなく、ブルース、ファンク、フォーク、オペラなどが入り混じり、まさに「アメリカーナ(アメリカ独特)」としか言いようがない。ビヨンセ自身もそうだ。

 父の祖先はアラバマの黒人、母はクレオール。クレオールの説明は長くなる。アメリカ建国前までさかのぼるから。1750年代、イギリスとフランスの間で北米の領有権を争った「フレンチ・インディアン戦争」が起こった。フランスが負けて、カナダのアカディア地方(今のケベック州)が英領に。英国支配を嫌う仏系住民は、まだ仏領だった南部ルイジアナ州まではるばる歩いて移住した。彼らはアケイディアンと呼ばれ、それが訛ってケイジャンになった。ケイジャンは様々な人種と交流した。ルイジアナの先住民、1763年から1800年の間だけルイジアナを支配したスペイン人、アフリカから連れてこられた黒人奴隷……。白人、黒人、モンゴロイド、すべての血を受け継ぐ彼らをクレオールと呼ぶ。それがビヨンセなのだ。

 ビヨンセは『カウボーイ・カーター』の1曲目「アメリカン・レクイエム」でこう歌う。

 私の父はアラバマ、母はルイジアナ  だから「お前はカントリー(田舎)すぎる」と言われてきた  ところが急に「カントリーが足りない」って言われた  「カウボーイみたいに馬に乗るな」ってさ  この歌がカントリーじゃないって言うなら  いったい何がカントリーなのさ

『カウボーイ・カーター』収録の他の曲のシングルは全米カントリー・チャート1位に。アフリカ系女性にとって史上初の快挙だ。「アメリカン・レクイエム」の歌い出しが実現した。

 古臭い考えはここに眠るのさ アーメン