町山智浩の言霊USA 第720回 2024/04/27

You work the gimmick hard enough, it'll become real.(ギミックを真剣に演じ続ければ現実になる)

 世界最大のプロレス団体WWEのトップ、ヴィンス・マクマホンが経営から退いた(しりぞいた)件は、この連載でも書いた。職員や女性レスラーへの性的虐待で告発されたからだ。

「選手や女性を踏みにじるでスケベえ(助兵衛、助平、すけべい、スケベ)卑劣な経営者」というギミック(プロレスの仕掛け)を演じてきたヴィンスだが、それは事実だった。もうシャレにならない。極悪社長とレスラーたちの「労使闘争」が軸だったWWEは最大のヒール(悪役)を失ってしまった。山守組長なしで『仁義なき戦い』を続けられるのか?

 だいじょうぶ。WWEの新しい「ファイナル・ボス(ラスボス)」が就任したから。

 それはザ・ロック! ハリウッドで映画1本のギャラが2000万ドル以上のスーパー・スター、ドウェイン・ジョンソンだ!

 映画では『ワイルド・スピード』シリーズなどで正義の味方を演じてきたドウェインだが、2000年代のWWEでは悪役レスラーだった。当時、WWEは過激なマイクパフォーマンスによるアティチュード(態度が悪いという意味)路線で社会現象になり、特にザ・ロックはウルトラ傲岸不遜なキャラで名フレーズを連発した。

 まず彼の主語は「俺」ではない。「ロック様曰くThe Rock says」と三人称で尊大に話し、相手レスラーをジャブローニJabroniと呼ぶ。もともとプロレス界の隠語で負ける役を意味するジョバーJobber(仕事人)がイタリア風にアレンジされた言葉で、「お前は俺の引き立て役なんだよ」という意味。で、「お前が何を言おうと関係ない。自分の役割を弁えて(わきまえ)て口を閉じて 、さっさと来いやJust bring it」と手招きする。

 もともと彼はお坊ちゃまキャラだった。伝説的ハワイアン・レスラー、ピーター・メイビアを祖父に、ソウルマンこと70年代に一世を風靡した黒人レスラー、ロッキー・ジョンソンを父に持つ彼は、ロッキー・メイビアという七光りピカピカのリングネームでデビューした。でも、客はそれを嫌い、「ロッキー最低Rocky Sucks」コールを浴びせた。

 彼は、それを逆手にとって「大スター」というギミックを始めた。自ら「人民のチャンピオンPeople's Champion」、「スポーツ・エンタメ界で最もシビれる男」と宣言して、リングに上がると「とうとう、ロック様が〇〇(地名)に来てやったぜ Finally, The Rock has come back to……」と上から目線で客をイジり、相手を、「甘っちょろいケツCandy Ass」とナメてかかり、「ロック様が何を料理してるかわかるかなIf you smell what the Rock is cooking」と煽った。

 いちおう必殺技もある。相手の首をつかんでマットに叩きつけるロックボトム(どん底)と、倒れた相手を飛び越えてロープに走って跳ね返ってからのエルボードロップ。これを食らうまで相手はじっとマットで寝て待ってなきゃならない。このバカバカしい技はロック様が「ピープルズ・エルボー(人民の肘)」と名付けたことで、客に愛された。ギミックだった「人民のチャンピオン」は現実になったのだ。

「ギミックを真剣に演じ続ければ現実になるYou work the gimmick hard enough, it'll become real.」

 それは父ロッキー・ジョンソンの教えとして、ドウェイン・ジョンソンの自伝ドラマ『ヤング・ロック』の冒頭に登場する言葉だ。

『ヤング・ロック』は3つの時代が同時進行する。まず70年代、ハワイでプロレスのプロモーターとして成功していた祖母と暮らしていた少年時代、次に80年代、一家がすべてを失ってフィラデルフィアで貧しく暮らしていた青春時代、そして90年代、フロリダの大学のフットボール選手からNFLを目指すが挫折し、プロレスを始める修業時代。

 ドウェインは父のプロレス仲間のアンドレ・ザ・ジャイアントやアイアン・シークに可愛がられながら、人生を学んでいく。貧乏のロックボトムでも夢を信じれば、本当になると。

「ロッキー最低!」  現在、「ザ・ロック」というリングネームや「ジャブローニ」や「人民のチャンピオン」などの名フレーズの商標権はドウェイン・ジョンソンのものだ。彼はヴィンスが抜けた後のWWEと総合格闘技団体UFCを傘下に置く会社TKOから、報酬3000万ドルで取締役として迎えられたからだ。

 そう、本当に「ファイナル・ボス」としてWWEのリングに帰って来たのだ。

 今年52歳で、プロレスは8年ぶりのザ・ロックのカムバックが報じられた時、WWEファンは必ずしも歓迎しなかった。WWEはヴィンスの娘ステファニーとその夫トリプルHが切り盛りし、ファンもそれを支えていたのに、出戻りOBが上から目線で介入するの?

 WWEはその声を聞き逃さない。今回のザ・ロックのギミックは「スーパースター気取りで現場に口を出す鼻持ちならない経営者」だった! ギミックが現実になり、現実がギミックになる、プロレスは虚実皮膜!

 ヴェルサーチェの成金趣味なベストを着てリングに立った彼は、「今日はトレイラー・トラッシュ(トレイラー・ハウスに住む貧困層)の動員記録だな!」と満員のWWEファンを見下した。それでこそロック様!

「このロック様と1対1で一戦交えたい奴は誰だ? この会場にいる女性はみんなそうだろう。クラックでラリってるカレンさんも、シャブでぶっ飛んでるメリーさんも、準備はいいかい? ロック様の22インチの天国の!」

 22インチ(55センチ以上)とは大きく出た!

 会場からは割れんばかりの「ロッキー最低!」コール。でも、これでドウェイン・ジョンソンはまだ大統領への夢は捨ててないからね。

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