町山智浩の言霊USA 第729回 2024/07/06
I can't wait to be sued(訴えられるのが待ちきれない)by ルイジアナ州知事ジェフ・ランドリー
6月19日、バイデン大統領に「国民の祝日」に制定されてから4回目のジューンティーンス(Juneteenth, 解放の日)がやって来た。南北戦争が終了した1865年、南部テキサス州まで奴隷解放(どれいかいほう)の知らせが届いたことを記念する日で、全米各地で式典やお祭りが開かれた。
「今日、ジューンティーンスはアメリカでいちばんラチェットな祝日です!」
ミズーリ州の州務長官選挙に出馬したヴァレンチーナ・ゴメス候補(25歳・共和党)はSNSでそう発言した。ラチェットRatchetは黒人スラングで「下品」「あばずれ(【阿婆擦れ】 a real bitch )の意味。
「黒人の被害者意識が私たちに押し付けられようとしています。彼らは奴隷制度への賠償を求めています。なんと恩知らずなことでしょう。黒人は史上最も偉大な国アメリカに生まれたことを祝福すべきです。アメリカが嫌いなら、GTFO!」
GTFOはGet the Fuck out(出ていきやがれ)の略。当然、批判を浴びたゴメスはこう反論した。
「私たちが走る道路も、私たちが住む建物を建設したのもストレート(異性愛者)の白人男性たちです」
これは完全に間違い。実際にアメリカの高速道路や高層ビルを建設したのは、南部から解放された黒人や先住民の労働者、それにヨーロッパから来たイタリア系やロシア系の新移民だった。
ゴメスがわざわざ「ストレート」と言ったのは、LGBTの権利に反対しているから。今年5月にはなぜか防弾チョッキを着てミズーリの都市セントルイスをジョギングする動画を配信した。
「アメリカでは何にでもなれます」
走りながら言うゴメスは自称「不動産業の億万長者(おくまんちょうじゃ)」。だが、本当はペットフード会社の職員とも言われている。
「だから、弱虫(よわむし)やゲイにならないで」
ゴメスは人は根性がないとゲイになると本気で信じてるらしく、2月にはLGBTについての本を火炎放射器(かえんほうしゃき)で燃やす動画も作っている。
もちろん移民にも反対だ。彼女自身は南米コロンビア生まれの移民だが。
ゴメスがこんなバカげた言動を繰り返すのには目的がある。
「トランプの推薦がほしいの! 彼は史上最高の大統領だわ!」
差別的でバカげた言動をすればするほど、トランピストの票が集まる。まあ、日本も似たようなものだが。
同じジューンティーンスに、かつて奴隷市場があったルイジアナ州では、旧約聖書の十戒を公立学校の教室に掲示することを義務付ける州法が成立した。
十戒掲示の義務付けは、何年も前からキリスト教保守派の政治家たちが提唱していたが、州法になったのは初めて。署名したジェフ・ランドリー知事は「訴えられるのが待ちきれない」と語っていた。
彼の望みどおり、全米自由人権協会などがルイジアナ州を「憲法違反」で訴えた。なぜなら合衆国憲法修正第1条「連邦議会は、国教を樹立する、若しくは信教上の自由な行為を禁止する法律を制定してはならない」に抵触するからだ。
もともとアメリカはイギリスの英国国教会(プロテスタント)に反対して弾圧された清教徒が移民してきた国だから、信教の自由と政教分離は国是。
ところが十戒は「私の他に神は無し」から始まる。思いっきり信教の自由の侵害じゃん!
この「私」はユダヤ教のヤーウェ、キリスト教のエホバ、イスラム教のアッラーのことだが、仏陀や天照大神じゃないからね。
ただ、憲法には「連邦議会は」とあるので、州法に適用されるかは連邦最高裁で争われるだろう。だが、現在、最高裁の判事9人中、6人が共和党任命のカトリック保守派。人工中絶の権利と同じような判決が出る可能性が高い。
日本の政治家そっくり! 人工中絶はかつて州ごとに違法だったり合法だったりしたが、1973年に連邦最高裁が憲法上保障された権利として、全米で合法化された。
だが、その判決は、2022年、保守派に多数支配された最高裁に否定され、人工中絶を認めるかは各州に委ねるとされた。それでルイジアナなど南部の保守的な州では人工中絶が再び禁じられた。保守的なカトリックであるランドリー州知事はこの十戒の押しつけでも最高裁で勝つつもりなのだ。
十戒押しつけ派は「十戒には“父母を敬え”とか“盗むなかれ”とか普通の道徳が書いてある」と主張する。教育勅語の復活を望む日本の政治家そっくりだ。
でも十戒には守れない規則がある。「安息日を聖別せよ」だ。ユダヤ教徒はこれを厳守して、土曜日には一切の労働や家事をしない。自動車も運転しないし、エレベータのボタンすら押さない。でも、キリスト教徒はそんなもの守ってない。なぜなら、キリストを介して神と新規契約して、モーセの契約を更改したから。
旧約聖書の旧約とは「旧い契約」の略。本気でキリスト教の教えを信じるならキリスト自身の言葉を掲げたほうがいい。「汝の敵を愛せ」(マタイによる福音書5章44節)とか、「人にしてもらいたいことを、全部、他の人にもしなさい」(7章12節)とか。
しかも、このランドリー州知事、大のトランピストで、先日トランプが自分と関係したポルノ女優に口止め料を払った件でも「司法が政治に介入した」とトランプを擁護した。でも、そもそもトランプは十戒の「汝、姦淫するなかれ」に反してるだろ!