町山智浩の言霊USA  2024/08/23

Young, Gifted and Black(-若くて才能にあふれた黒人)

 カマラ・ハリス副大統領が大統領選に出馬すると決まってから、ドナルド・トランプは支持者集会で「カマラは笑い方が変だ」「彼女はクレイジーだ」と陰口(かげぐち)を叩きながら、討論会から逃げ続けており、ハリスから「面と向かって言いなさいよ」と突っ込まれている。

 7月31日、トランプはシカゴの「全米黒人ジャーナリスト協会」の会合に参加し、黒人だからといってカマラには投票しないほうがいいぞ、と言い出した。

「だって、彼女は最近、突然、黒人になったからな。若い頃は自分はインド系だと言ってたのに」

 カマラ・ハリスの母はインド出身、父はジャマイカ出身のアフリカ系で、カリフォルニア大学バークレー校に留学していた時に出会って結婚した。母は医学、父は経済学が専攻だった。カマラが5歳の時に父は家を出た(後にスタンフォード大学の教授になる)。母はカマラと妹マヤをシングルマザーとして育てた。

 でも、トランプの言ったことはデタラメだ。筆者も、カマラ・ハリスが生まれ育ったイーストベイ(サンフランシスコの東対岸地区)に25年も暮らして子育てをしてきたから、そこがどんな場所か知っている。彼女が育った頃、そこはブラック・パワーの震源地(しんげんち)だったのだ。

 カマラ・ハリスは1964年にオークランドで生まれた。その2年後、オークランドで黒人自警団ブラックパンサーが結成され、カマラの家の周辺でも、黒人の子どもたちに食事を提供したり、勉強を教えたりしていた。ブラックパンサーのアフロヘアーは黒人解放のシンボルだった。それまで黒人たちは自分たちの縮れた(ちじまれた)髪を恥じ、ストレートパーマをかけたり、かつらで隠していたからだ。彼らのアフロを白人も真似た。日本人も真似た。石立鉄男((いしだて てつお)、つのだ☆ひろ、笑福亭鶴瓶(しょうふくていつるべ )、松鶴家千とせ(しょかくや ちとせ)、子門真人(しもん まさと)……。

 カマラの母シャマラさんはインド系だったが、当時のアメリカはまだインド系移民は少なく、異国の地で頼る者もない彼女は、オークランドの黒人教会に通い、黒人コミュニティに入り、娘たちをアフリカ系として育てた。

 カマラ・ハリスが小学校に上がる頃、一家はオークランドの隣町バークレーに引っ越した。うちから歩いて20分ほどの場所だ。その頃、バークレーではウォーレン・ワイドナーが黒人市長となり、6年後にはオークランドでも黒人が市長に選ばれた。当時のアフリカ系住民は希望と熱気に包まれて(つつまれて)いた。しかもワイドナー市長の家はハリス家の向かいだった!

 1972年、ワイドナー市長は、ハリス家近くにあった黒人文化センター「レインボー・サイン」にニーナ・シモンを招いた。当時7歳のカマラ・ハリスはそのステージを観たという。

 ピアニストでシンガーのニーナ・シモンは、マーティン・ルーサー・キングと共に南部の人種隔離撤廃と選挙権を求めて運動した闘士(とうし)でもある。キングが暗殺された1968年に彼女が作曲した「ヤング・ギフテッド・アンド・ブラック」は黒人の少年少女たちへの応援歌(おうえんうた)で、72年当時、アレサ・フランクリンのカバーが発売されたばかり。そのレコードを、カマラ・ハリスの母は買って、いつも娘たちに聴かせていた。

 知ってる?

 この世界には何百万もの少年少女がいる

 彼らに言ってあげなくちゃ

 あなたは若くて才能にあふれた黒人だよ、って

 世界はあなたを待っている

 あなたの冒険は今、始まったの

 カマラは12歳の頃、カナダのモントリオールに引っ越した。母が乳がんの研究者として大学に職を得たからだ。カマラはそこで青春時代を送ったが、フランス語圏の雪国(ゆきくに)なので中学や高校には黒人はほとんどいなかった。しかし、彼女は進学先に黒人大学の名門、ハワード大(Howard University)んだ。黒人初の連邦最高裁判事、サーグッド・マーシャルの母校だったからだ。

「カマラは自分を黒人と思っていなかった」というトランプの与太(rubbish)いったいどこから出てきたの?

「そこで質問です」

 その黒人ジャーナリスト協会の質疑応答で、ABCテレビのレイチェル・スコット記者はトランプにこう質問した。

「でも、あなたはアメリカ初の黒人大統領バラク・オバマはアメリカ生まれじゃないとデマを飛ばしましたよね? 有色人種の下院議員たちを『自分の国に帰れ』と罵倒(ばとう)?」

 トランプは、自分を批判するパレスチナ系のラシダ・タリーブ、ソマリア系のイルハン・オマール、プエルトリコ系のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員に対して「文句があるなら、自分の国に帰るべきだ」と言った。

「あなたはアフリカ系の地方検事を『アニマル(けだもの)』と呼び、アフリカ系のジャーナリストを『ルーザー(負け犬(まけいぬ)フロリダの自宅のディナーに白人至上主義者を招待しましたね?」

 どれも事実。それに、警官に何度も殴られながら黒人の権利のために戦ったジョン・ルイス下院議員についてトランプは「よく知らない」と言っただけでなく「私以上に黒人の権利のために戦ってきた人間はいない」と誰が聞いてもトンチキなホラを吹いた。

「そこで質問です」スコット記者は言った。「あなたはアフリカ系有権者は自分に投票すべきだと言いますが、あなたみたいな人を黒人が信じると思いますか?」

「こんなに失礼な質問をされたのは初めてだ!」

 トランプはおかんむり(bad mood)でも、あんたはそれ以上に失礼なことを言い散らかしてきたんだよ

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