町山智浩の言霊USA 第743回 2024/10/19

“Joe Biden became mentally impaired, Kamala Harris was born that way.” (バイデンは精神障害になった。カマラ・ハリスは生まれつきだ)byドナルド・トランプ前大統領

 9月26日、アメリカ南部をハリケーン「ヘリーン」が襲い、すさまじい雨量で地滑りや洪水を起こし、200人以上の死者を出した。これは2005年に1800人以上の死者を出したハリケーン「カトリーナ」以来、最大の被害だ。

 世界の台風の被害は近年、悪化する一方だ。原因はもちろん海面の温度の上昇、つまり地球温暖化。だが、CO2規制に反対する共和党は批判の矛先をそらそうと必死だ。ましてや大統領選の投票日まであと40日。ドナルド・トランプはこんな主張を始めた。

「ハリケーンの被害が大きかったのはFEMA(連邦緊急事態管理局)の予算不足が原因だ。被害が大きい州は共和党支持者が多い。だからバイデン政権はFEMAの予算10億ドルをハイチからの不法移民の支援に回したのだ」

 もちろんそんな事実はない。実はFEMAの予算を削ったのはトランプ自身だ。彼が大統領だった2019年、FEMAの予算1億5000万ドルを移民対策予算に移している。トランプは地球温暖化抑制を目標とするパリ協定からも離脱している。

 温暖化は山火事も増加させている。近年、カリフォルニア州で大規模な山火事が広がったが、トランプはカリフォルニア州の州知事ギャビン・ニューサム(民主党)が自分に敵対的だからと「FEMAにカリフォルニアをこれ以上支援しないよう」命じた。つまり自分が嫌がらせをしたから、バイデンもしていると決めつけたわけだ。

 そのカリフォルニアの山火事について「ユダヤ系の世界資本が人工衛星からのレーザー光線で火をつけたんです」とトンデモない陰謀論を展開したのが、トランプ信者の共和党下院議員マージョリー・テイラー・グリーン。彼女は10月3日、ハリケーン「ヘリーン」について、またしても陰謀論をXに投稿した。

「彼ら(バイデン政府)は気候をコントロールできるんですよ。できないなんて信じるのはバカげてます」

 政府はハリケーンを止められるのに止めなかったとでも言うの? それこそバカげてる。コントロールすべきはあんたらのデマだよ!

 でも、それが全然とまらない。9月29日の接戦州ペンシルヴェニアの集会では、トランプはついに相手候補を精神病呼ばわりした。

「イカサマ野郎のジョー・バイデンは精神障害になってしまった。悲しいね。でもな、カマラ・ハリスは、正直言って、生まれつき精神障害に違いないな」

 正直言って、こんな無根拠な誹謗中傷をする人物がまた大統領になるなんて恐ろしい。

 同じ集会で、トランプは万引きを減らす方法を提案した。アメリカの大都市ではコロナ禍以降、万引きが増加。警察の人員不足のため、対応できなくなっているからだ。

「犯罪を減らすには、警察がひどい暴力をふるえる日を制定したらどうか」

 つまり見せしめのため、1日だけ警察に犯罪者を虐待させようというのだ。

「いや一日が長いなら、1時間でいい。すぐに終わらせる」

 終わらせるって、1時間で大粛清でもするつもり?

 さて、世界は危機に向かっている。10月1日にはイランがイスラエルに180発以上のミサイルを発射した。それはイスラエルがレバノンを猛爆撃して地下に潜むヒズボラ指導者を殺害したことなどへの報復だ。イスラエルがレバノンのイスラム原理主義組織ヒズボラを攻撃したのは、イスラエル領内のパレスチナ自治区ガザを支配する政党ハマスと同盟を結んでいるから。そしてイランはハマスとヒズボラ両方を支援している。つまり、今、イスラエルはレバノンとイランの両国を敵に回し、中東大戦争を起こさんとしている。

 バイデン大統領は記者会見で「イスラエルに反撃の権利はある」と認めながら、イランの核開発施設への攻撃には反対した。これ以上のエスカレートは世界大戦にも発展しかねない。

あれもこれも誰のせい…? 「クレイジーなことを言うな」トランプはFOXニュースの取材でバイデンを批判した。「まず排除すべきリスクは核施設だ」

 実際、イランは近いうちに核兵器を完成させる可能性があると言われている。

 しかし、そうなったのもトランプのせいだ。

 2015年にオバマ大統領はイラン政府と「核合意」を結んだ。つまりイランに対する経済制裁を解除する代わりに核開発を監視し、その関連作業を少なくとも10〜15年は制限するという計画だ。ところがトランプは大統領になるとこの合意から一方的に離脱してしまい、イランは核兵器開発を再開した。

 いや、そもそものハマスによるイスラエル攻撃もトランプのせいだ。彼が大統領時代にテルアビブにあったアメリカ大使館をエルサレムに移したことで、イスラエルがイスラムの聖地を首都として支配することをアメリカが認めたことになり、パレスチナとイスラエルの軋轢が高まっていったのだ。

 トランプは「プーチンがウクライナに攻め込んだのはバイデンがアフガンから撤退したのを見てアメリカは恐れるに足らずと思ったからだ」とも言っているが、アフガンからの撤退を決めたのはトランプだしね。

 トランプはこの夏、2回も銃で殺されそうになったが、それだって自分のせいだ。2018年にフロリダの高校の乱射事件で17人が死に、全米の若者が大容量の弾倉の販売禁止などを求めて首都ワシントンで行進したが、トランプは何もしなかった。もし、ちゃんと規制してたら、ひと夏に2回も殺されそうになってないと思うよ!