町山 智浩 2024/11/02

That was a day of love(議会襲撃の日は愛の日だった)byドナルド・トランプ前大統領

公開中の映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』では、アメリカが政府軍と反乱軍の二手(ふたて)に分かれて内戦に突入する。アメリカ大統領が軍隊で自国民(じこくみん)を攻撃したのがきっかけだ。トランプもそうすると宣言した。

 10月20日、保守系チャンネルのFOXニュースの朝の番組に出演したトランプは、「敵は外国よりもアメリカ国内の左翼だ」と、議会襲撃でトランプを弾劾(だんがい)した民主党のアダム・シフ下院議員を名指し(めいさし)した。その前週の13日にはこうも言っていた。「奴らは病気だ。必要なら州兵、本当に必要なら軍隊によって対処(たいしょ)すべきだ」

 自分が大統領になったら民主党を軍で制圧するのか? そんなふうにトランプは投票日(とうひょうび)まで残り3週間に突入してからも、全米を飛び回ってトンチキな言動の絨毯爆撃を続けていた。

 15日、トランプは激戦州ペンシルバニア州オークスで集会を開いた。それは「タウンホール集会」で、候補者が有権者一人ずつの質問に答えていく形式。しかし会場は空調(くうちょう)が悪く、しばらくすると聴衆のうち2人が気分が悪くなって倒れた。

「質疑応答はもうやめ!」トランプは叫んだ(さけんだ)。「音楽だ! 音楽をかけろ! 誰が質疑応答(しつぎおうとう)なんか聞きたいんだ!」

 スタッフはパヴァロッティの「アヴェ・マリア」をかけた。荘厳な歌声が会場に響き渡る。

「倒れた2人は愛国者だ。私たちは彼らを愛している。彼らのおかげでいい音楽が聴けるんだ、そうだろ?」トランプは聴衆に呼びかけた。

「だから『YMCA』をかけてくれ! 大音量で!」

 そしてトランプはモタモタと踊り始めた。

『YMCA』はゲイを売りにした(本当は違った)ヴィレッジ・ピープルというグループがYMCAを「ハッテン場」として讃えた歌だが、LGBTの権利に反対し続けるトランプのお気に入り。その後も40分、シネイド・オコナーからガンズ&ローゼズまで次々とかかる曲に合わせて踊り続けるトランプがネットで全米に中継され続けた。誰得?

 翌16日は、シカゴで経済系通信社「ブルームバーグ・ニュース(Bloomberg News)」編集長によるテレビ・インタビューに出演。「巨大化しすぎたグーグルが独占禁止法違反で解体されるかもといわれていますが、どうお考えですか?」との質問に、トランプはため息をついてからゆっくりと答えた。

「司法省がバージニア州の何千もの不正投票者を有権者名簿に戻すのは受け入れられないね」

 司法省は「バージニア州により有権者名簿から不当に外された住民を名簿に戻す」ための訴訟を起こしただけだが、トランプは勘違いしている。それにグーグル社の所在地はカリフォルニアで、バージニアとは何の関係もない。

「あの、前大統領、グーグルについてですが……」

 トランプはあわてて答え直した。

「グーグルは私にとって非常に悪い存在だ。私について良いニュースが20あってもグーグルで出てくるのは悪いニュースばかりだ。中国にはこのような企業はあってほしくない。中国は賢い」

 なぜか中国賛美(さんび)。その後、トランプはFOXニュース主催のタウンホール集会に登場、反対勢力を軍で制圧するという自分の問題発言についてダメ押しした。

「彼らはマルクス主義者で共産主義者でファシストで病気だ。ナンシー・ペロシは危険だ。アル・カポネより邪悪(じゃあく)だ」

 民主党のナンシー・ペロシ下院議長(当時)はトランプ信者によって自宅を襲撃され、夫がハンマーで殴られて重傷を負ったのに。

 その夜、トランプはジョージア州アトランタで集会を開いた。アフリカ系人口が多く、カマラ・ハリスの支持率が高いアトランタでトランプはこう演説した。「カマラに投票するアフリカ系やヒスパニックは、頭を診てもらったほうがいい!」

 ……ヒスパニック系の57%がハリス支持でトランプは39%。以前からトランプが中南米からの移民を「レイピストだ」「殺人者だ」と (してきたからだ。とはいえ、全有権者の2割がヒスパニック。彼らの票は無視できない。

質問者も絶句…  翌日、トランプはフロリダ州マイアミに飛び、スペイン語のTVネットワーク「ユニヴィジョン」に出演した。全米6500万のヒスパニックにとって最大の情報源だ。

 やはりタウンホール形式でスタジオに集まった一般の視聴者がトランプに質問する。

「あなたはテレビ討論会でオハイオ州で移民が犬や猫を食べていると言ったが本気ですか?」

 それがデマなのは既に検証済だが、トランプは間違いを認めない。次の質問は切実。

「学校銃乱射事件の犠牲者の親たちに銃規制について説明してもらえますか?」

 トランプが大統領だった2018年、マイアミ近くの高校の銃乱射事件で17人が亡くなった。全米から高校生が首都ワシントンに集まって銃規制を求める集会を行ったが、トランプはまったく規制しなかった。その姿勢は今でも変わってない。

「人々は安全のために銃を必要としている。娯楽やスポーツのためにも。銃がなければ犯罪率はもっと高くなる」

 もちろん銃がない日本のほうが犯罪率は低い。

 次の質問は「2021年1月6日についてどう思うか」。もちろん2020年の選挙で負けた後、トランプが支持者に議会を襲撃させた日のこと。

「彼らは平和的な愛国者だった。何も悪いことはしていない。あの日は愛の日だった」

 愛の日!? 警察官を死に至らしめた日が? どんな愛だ! これには質問者も絶句。

 トランプが暴言をやめないのは、酷いことを言えば言うほど喜ぶ連中がいるからだ。投票日に向けてトランプの支持率は上昇している。

イラスト 澤井 健 (まちやまともひろ 1962年生まれ。映画評論家。米カリフォルニア州バークレー在住。BS朝日「町山智浩のアメリカの今を知るTV In Association With CNN」が不定期放送中。当連載2022年夏からの1年分をまとめた単行本『ゾンビ化するアメリカ』(小社刊)が発売中!)