町山智浩の言霊USA 第750回 2024/12/14
Wicked Witch of the West(西の悪い魔女)
感謝祭の前週、ミュージカル映画『ウィキッド ふたりの魔女』が全米公開されて大ヒット中。そこでの主人公は、1939年のMGMミュージカル映画『オズの魔法使』と、その原作になった1900年のL・フランク・バウム作の童話に登場する「西の悪い魔女」。彼女はドロシーに苦手だった水をかけられて溶けて死ぬ。オズの住人たちは「西の悪い魔女が死んだ!」と大喜び。
そんなに憎まれるなんて、いったい彼女はどんな悪いことをしたの? それを作家グレゴリー・マグワイアが想像して小説にしたのが『ウィキッド』(1995年)。それを2003年にブロードウェイ・ミュージカルにしたのが、この映画の原作。
映画『ウィキッド』は「西の悪い魔女」が死んだところから始まる。「南の善い(いい)魔女」と呼ばれるグリンダ(アリアナ・グランデ)が「実は私と彼女は友達だったの……」と昔話を始める。二人はオズの国の大学の同級生でルームメイトだった。
二人は何から何まで正反対だった。グリンダは大金持ちの御令嬢(ごれいじょ)で、まるでお姫様。衣装はいつもど派手なピンク。いつもクラスの人気者だが、自己中心的なナルシストで、ブロンドの髪をわざとらしくなびかせるのが癖。いっぽう将来「悪い魔女」と呼ばれるエルファバ(シンシア・エリヴォ)は全身緑色で生まれ、母の浮気で生まれた子として父親から憎まれて育ったので自分に自信がなく内向的。目立たぬよう黒い服ばかり着ている。
だけど、差別され、仲間外れにされ、イジメにあってきたエルファバは、弱い者たちに優しくて……。そう、「西の悪い魔女」は悪くなんかなかったのだ! では、なぜ「悪い魔女」なんて呼ばれたの?
オズの国ではずっと動物が人間と同じ権利を持ち、その大学にもヤギの教授がいたが、オズの魔法使いが国の実権を握ってから動物への差別が始まり、ヤギの教授も職を追われ、檻に閉じ込められた。心を痛めたエルファバはエメラルドシティに行ってオズの魔法使いに動物差別をやめるよう直訴するが、それでオズの魔法使いから「悪い魔女」の汚名を着せられてしまう。
なぜなら国民統一のための共通の敵として動物をスケープゴートにしたのはオズの魔法使いだから。ヤギ(ゴート)だけにまさにスケープゴート。
オズの魔法使いのやり方は、ナチが国民の不満をユダヤ人に向けさせたのと同じ。いや、『ウィキッド』のジョン・M・チュウ監督は、インディワイヤー誌の取材でこう語っている。「社会で疎外されたグループのために立ち上がった女性が、カリスマ的なリーダーから『邪悪』と呼ばれる話ですよ」
これは大統領選挙後の発言。つまり監督は、ドナルド・トランプが移民やLGBTQの人権を守るカマラ・ハリスや民主党にアメリカの敵というレッテルを貼ったことについて皮肉ってるのだ。
しかもオズの魔法使いは実は魔法が使えない。その正体は口がうまいだけの香具師。そこも経営の天才と自画自賛しながら6回も破産してるトランプに似ている。
この『ウィキッド』公開のタイミングで、トランプは新政権の閣僚に、オズという男を指名した。厚生省の下にある医療系の省庁CMS(メディケア・メディケイド・サービスセンター)の長官にトランプが指名したのが、ドクター・オズというTVタレントだったのだ。
ドクター・オズは本名メフメット・オズ。元は心臓外科医だが、現在は昼の健康番組の司会者。そして、番組で数々の怪しい健康法を宣伝してきた男として悪名高いんだこれが。
たとえば、ラズベリーケトン(キウイや桃に含まれる成分)やグリーンコーヒー豆などを脂肪燃焼効果があると紹介したり、セレンというミネラルを「がん予防の救世主」扱いしたり、ヒドロキシクロロキンを「コロナの特効薬」と紹介したり。その度にそれらの物質を含んだサプリメントが爆発的に売り上げを伸ばしたが、どれも効果は医学的に確認されてなかった。2018年には視聴者から「減量効果を誇張した」と訴えられ、525万ドルで和解している。
要は公共の電波でやってるガマの油売りで、まったく「オズ」という名が体を表してるわけ。
今回のRFKジュニアは… オズはトランプと親密になるにつれて、発言が差別的というかトランプ的になっていった。「女性の脳の言語中枢は男性よりも大きいから女性はおしゃべりだ」とか、「性別不適合を感じる人の8割はトランスジェンダーの医療処置を受けずに放置すれば生物学的性別に落ち着く」とか、「中絶するかどうかは女性自身の意志ではなく(!)州の法律に任せるべし」とか……。
こんな男にトランプはメディケア(高齢者や障碍者への医療保障)やメディケイド(貧困層への医療保障)などの公的医療保障を統括する省庁CMSを任せるんだと!
しかもCMSは子どもたちに無料ではしかなどの複合ワクチンを提供する機関でもあり、その上にある厚生省の長官にトランプはワクチン反対派、ロバート・F・ケネディ・ジュニア(医療教育経験ゼロ)を指名した。
そのRFKジュニアは15歳から14年間、ヘロイン中毒だったと告白しているが、新たに「クラスでびりっけつだった自分が授業に集中できるようになったのはヘロインのおかげ」と自慢するビデオが発見されている。子どもたちにワクチンの代わりにヘロイン打ちそうじゃん!