町山智浩の言霊USA 第761回 2025/03/08 He who saves his Country does not violate any Law.(国を救う者はいかなる法も犯さない)byドナルド・トランプ大統領 ---- 「大統領になったらウクライナ戦争を一日で終わらせる!」そう豪語していたドナルド・トランプは2月12日、ウクライナ停戦の仲介のため、ロシアのプーチン大統領と電話で会談したと発表した。でも……。  ウクライナがロシアに奪われた領土を取り戻せる可能性は低い、と付け加えた。なぜ?  トランプは言う。「ロシアは多くの土地を奪い、その土地のために戦い、多くの兵士を失った」  犠牲を払ったからその土地をロシアに譲ろうっての? ロシアが勝手に攻めてきたのに? ウクライナ人もいっぱい死んでるのに? そもそもウクライナの領土をどうするかを当事国ウクライナ抜きでトランプとプーチンで勝手に決めるの? 「私はただ何百万人もの人々が殺されるのを止めたいだけだ」トランプは言った。自称「ディール(取引)の天才」らしくない殊勝なことを。  その後、トランプがウクライナ政府に、停戦後、ロシアから守ってやるから地下資源の半分を寄越せ、と要求する文書がリークされた。みかじめ料せびるヤクザかよ! 当然、ウクライナのゼレンスキー大統領は突っぱねたが。  2月18日、アメリカのマルコ・ルビオ国務長官とロシアのラブロフ外務大臣が、サウジアラビアの首都リヤドで協議を行った。繰り返すが、当事国ウクライナ抜きで。 「ウクライナが招かれなかったって文句言ってるらしいな」トランプはフロリダの自宅での会見で言った。「そもそもウクライナは戦争を始めるべきじゃなかったんだ」  ???? 戦争を始めたのはウクライナじゃない。2022年2月にウクライナに攻め込んだのはロシアのプーチン大統領だ。 「ウクライナは取引だってできたはずだ。ほぼすべての土地をロシアに与えてれば、誰も死なないですんだんだ」  ちょっと待て! それじゃ攻め込んだ者勝ちじゃないか!  サウジでの協議でロシア側が停戦の条件として要求したのはウクライナでの大統領選挙だった。ロシアの企みは、ゼレンスキーに対して親ロシアの候補を立てて、それを勝たせること。つまり2014年に「マイダン革命」で打倒されたヤヌコヴィッチ大統領みたいな傀儡政権を復活させたいわけ。これがいつものプーチンのやり方。ジョージア(旧グルジア)にも親ロシア政権を建てたし、ルーマニアの大統領選でもインフルエンサーを買収したネット工作で親ロシア候補を勝たせた。  でも、その手口はもう通用しない。ルーマニアでは憲法裁判所が「外国の介入による選挙は無効」として大統領選がやり直しになり、ジョージアの傀儡政権は激しい反政府運動で揺らいでいる。  それはさておき、トランプはロシアの要求を受けて「ウクライナには選挙が必要だ」と言った。去年、選挙が行われるはずだったが、戦時下の戒厳令のため、延期された。 「言いたかないが、ゼレンスキー大統領の支持率はたった4%まで落ち込んでるそうだが」  4%って数字はどこから?  たしかに開戦当初は90%だったゼレンスキーの支持率は長引く戦争で少しずつ低下している。それでも、現在は57%。トランプの45%より高いのだ。  協議から外されたうえ、戦争を始めただの、支持率4%だの、さんざん言われたゼレンスキーもさすがに「トランプ大統領はロシアに作られた『偽情報空間』の中にいるんじゃないか」と呆れた。  これにトランプじいさん、ブチ切れて、自分が創設したSNSでゼレンスキーを「独裁者」と決めつけた。 「王様万歳!」 「お笑い芸人ゼレンスキーは、アメリカを説得して3500億ドルの支援を受け、勝てない戦争、始める必要もなかった戦争、アメリカとトランプなしでは決着がつかない戦争に突入した」 「選挙で選ばれてない独裁者のゼレンスキーはぼやぼやしてると祖国を失うぞ。私はロシアとの停戦交渉に成功しているけどな。これはトランプにしかできないことだと世界が認めている」 「ゼレンスキーはあぶく銭を稼ぎ続けたいのだろうが、国はメチャクチャにされ、何百万人もが不必要に亡くなった。そしてそれはこれからも続く……」 「あぶく銭」稼ごうとして地下資源せびったのはあんただろ! 「独裁者」というなら敵対者を次々に抹殺して25年もロシアに君臨しているプーチンのほうだし、トランプ自身がなりたいくせに。 「国を救う者はいかなる法も犯さない」  2月15日、トランプは突然、Xに投稿した。それはナポレオンの言葉だとされる。「国を救う指導者はどんな犯罪も許される」という意味で、自分は「法の支配」を超えた独裁者だという宣言だ(実は1970年の映画『ワーテルロー』でナポレオン役のロッド・スタイガーが言ったセリフ)。  大統領ですら法の下にあるのに、いったい何様のつもり? 国を救うって何したの?  2月19日、その疑問に答えるようにトランプは投稿した。「渋滞料金は死んだ。マンハッタンとニューヨークは救われた。王様万歳!」  渋滞料金とはニューヨーク市内の交通渋滞を減らすために始まった通行料金。それを撤廃させると決めた自分を、王様と呼んで誉めてるわけ。 「アメリカは王国じゃありません」  ニューヨークのキャシー・ホクル州知事はトランプと法的に闘う意向を示し、州都市交通局は即日提訴している。  ところでトランプが撤廃させる渋滞料金は9ドル。たった9ドルで王様気取りか! トランプが何もしないから物価高が止まらないのに!